【Saturday Story完全版】浅香唯、生涯現役!「浅香唯のままで(最期を)迎えられたら」 昨年40周年 「スケバン刑事Ⅲ」で運命的出会い「C―girl」に導かれ…
歌手で女優の浅香唯(56)は昨年デビュー40周年を迎えた。今年は新たな一歩として「40周年Next」を掲げ、7月に32年ぶりの写真集「キセキ 軌跡×奇跡」を発売。9月には恒例のビルボードライブ「See You Here Again」を控える。トップアイドルとして一世を風靡(ふうび)した浅香が、転機になった出来事や作品に言及。当時の思い出を語った。(加茂伸太郎)
デビュー当時から変わらない屈託のない笑顔が魅力的だ。45周年、50周年に向けた心境を聞くと、浅香は「浅香唯のままで(最期を)迎えられたらいいなと思っています」と語った。
アイドルは「偶像」などと言われるが、自身はリアリスト。「誰しもがいつか死んじゃう。生まれてきた人、全員に訪れるものだから、そこは現実的に見たいです。ファンの方たちには『私も元気でいるから、みんなも元気でいてくれないと困るよ!』って伝えるようにしています」
浅香を語る上で不可欠なのが、風間三姉妹の三女・唯(3代目麻宮サキ)を演じた人気シリーズの第3作「スケバン刑事3 少女忍法帖伝奇」(1986~87年)。オーディションでつかんだ大役だった。
初代の斉藤由貴(59)、2代目の南野陽子(59)から続くバトン。「―3」は忍者の末裔(まつえい)という設定のため、クランクインの半年前から特訓がスタート。走り方、受け身など忍者の動きを覚え、殺陣や忍術の練習を行った。
「南野さんの鉄仮面もインパクトがありましたけど、忍者か~って。長女役の(大西)結花が合流して、しばらくして次女役の(中村)由真が合流して、少しずつ実感が湧いた感じです。スタッフさんはパート1、パート2と同じで演者だけが代わる。プレッシャーでしたけど、過去2作品が大ヒットしたからこそ、『違うものを作って当てるんだ』という熱量がすごかったです」
それまではオーディションにことごとく落ち、鳴かず飛ばずだった。それだけに、運命的な出会いとなった。「監督から『山猿のような子を探していた』と言われた時は『山猿!?』って(笑)。木登りができるかは聞かれましたけど。ただ、当時は『アイドルは訛(なま)っちゃダメ』と否定されていた時代。訛りも含め、全てを受け入れてくれたんです」。役柄にも出身地の宮崎弁(劇中では九州弁)が反映され、純朴さもマッチ。「私の代表作ですが、私自身を救ってくれた作品という思いです」
ドラマのヒットはうれしかった反面、番組終了後も「スケバン刑事の―」「スケバン3代目の―」という冠がついて回った。「このイメージが続くのかな…」。不安が消えない中、「C―Girl」(88年)という楽曲に導かれていく。
浅香はその年のカネボウ化粧品のCMキャラクターに選ばれ、同曲はキャンペーンソング。小麦色の肌に焼けた健康的な姿のジャケット写真が話題を呼んだ。
「『スケバン刑事』時代は(『STAR』『瞳にSTORM』など)戦う女性の歌みたいなものが多かった。『C―Girl』はザ・アイドルみたいな曲。ひと味違った自分になれた気がして喜びが大きかった」
タイトルの「C」の意味が気になったが、それを知ったのはレコーディングの時だった。「化粧品のCM曲と聞いていたけど、何かなって。昭和の時代の『C』って言うと、恋愛のABCを連想させるところもあって。ちょっとエッチな『C』かなと思いながら。結果は化粧品(の成分)にビタミンCが入ったから。そういうことか~、なるほどね~って感心しました」
発売当時18歳。「楽しそうに歌ってみて」と言われても「どんな顔をして歌っていいか分からなかった」と懐かしむ。「C―Girl」の録音時には、周りに衝立(ついたて)をして自分だけの空間を作った。
「今は平気ですけど、人の顔が見えると、どうしても緊張してしまう。狭い部屋にパーティションを立てて、マイクの前にさえいてくれればいいと言われました。おかげで集中できたし、(ノリノリで)踊りながら歌えました。あとで知ったのは、部屋にカメラが付いて(見られて)いたこと。それを知っていたら、レコーディングなんて絶対に無理でしたね(笑)」
93年にシングル「ひとり」、アルバム「CONTRAST」を発表後、充電期間に入る。約4年半に及んだが「この期間がなければ、今こうしてやっていなかったかもしれない」と言うほどの分岐点となった。
80年代後半、中山美穂さん、南野、工藤静香(56)と共に「アイドル四天王」と称され、絶大な人気を誇った。トップアイドルとして慌ただしい日々を過ごしたが、いざ立ち止まってみると、見逃していたものが浮かび上がって見えた。
「私一人が動くのに、どれだけの人が動いてくれていたか。ファンの方たちの存在がどれだけありがたいか」。当たり前に思っていたことが当たり前じゃない、と痛感させられた。
「今の旦那は(生活態度に)厳しい部分があって、『あなたの世界で通用することも、普通の世界では通用しないから』と、何回か言われたことがあったんです。当時はピンとこなかったことも、お休みしている間に『あなた、大事なものに気づいていないですよね?』と知ることができた。貴重な時間になりましたね」
9月のビルボードライブ(19日横浜・26日大阪、1日2回公演)は2022年にスタート。5回目の今回でひと区切りとする。
「通常のライブは『等身大の私』がテーマだけど、ビルボードは『私が憧れる私』『私が思い描く大人の女性』をイメージしています。いい意味で緊張感があって、毎回新鮮。普段とは違う私を見てほしいです」
感謝の思いを込め、名曲の数々を歌唱予定。集大成のステージを届けていく。
◆浅香唯(あさか・ゆい)1969年12月4日、宮崎市出身。56歳。84年ザ・スカウトオーディションで「浅香唯賞」を受賞し、芸名に。85年「夏少女」で歌手デビュー。キャッチコピーは「フェニックスから来た少女」。2002年ドラマー・西川貴博と結婚。07年に長女出産。麻雀(マージャン)プロとしての資格を持つ。
〇…浅香は私生活では大学生の長女(18)を持つ1児の母。「子供のことが第一になるけど、それは仕方がない。彼女が社会に出るまでは責任がありますから。子育てが一段落して一歩踏み出せたら、活動の幅も広がっていくかな。楽しみはあります」と話した。
【浅香唯に聞く】
―昨年40周年、今年のテーマは
「新たな一歩を踏み出すためという意味で『NEXT』にしました」
―7月に32年ぶりの写真集「浅香唯 40周年Next キセキ 軌跡×奇跡」を発売した
「私のふるさと、宮崎でロケをさせていただきました。本当に素敵なところなんです。子どもの頃に行っていた公園や海、青島神社、高千穂神社だったりパワースポットもたくさんある。天気が悪くて宮崎の雰囲気が出るのかなと心配したけど、撮影中は雨から曇り、晴天まで。『ザ・南国、宮崎!』という感じではないけど、(結果的には)いろいろな表情の景色が残せました。どす黒い曇の下で海に行ったけど、それはそれで哀愁があって良かったりもしました」
―歌手としてマイルールはあるか
「作品の中の主人公になりきる、というのが私の中のテーマです。そのキャラクターになりきるために、勝手に分析して(設定を)作るようにしています。今でもその時のイメージを大事にしています。デビュー時から『ヤッパシ...H!』『コンプレックスBANZAI!!』だったり、いい曲をたくさんいただいて。こっちかなあっちかなとキャラクターを探っていた時期もあったけど、その時も作品の主人公になりきって歌うことをやっていました。いろいろなジャンルの楽曲を歌わせていただけて幸せです」
―印象に残っている曲はあるか
「ヒットした、していない、シングル曲、アルバム曲に関係なく、全てが個性のある我が子たち。どれも(愛着があって)比べられないです。でも、一曲挙げるとすれば、『セシル』ですかね。忙しい時期でしたが、特に時間をかけて作らせてもらった曲なんです。当時のディレクターが、理解のある方で『焦って作らなくていい』と言ってくださって。作詞した麻生圭子さんとは理想の恋の話をしたり、人として、また女性としても、たくさんアドバイスをいただきました。曲ができ上がるまでに、詞の内容もどんどんと変化していって。丁寧に、大事に作り上げた曲なので印象に残っています」
―長女は大学生になって子育ては落ち着いたか
「そうですね。彼女は大学生になって、ある程度自分で何でもできるようになってくれた。私が『まだ学生だから』みたいなことを言ってしまっているけど。子どものことが第一になるけど、それは仕方がないこと。彼女が社会に出るまでは責任がありますから。子育てが一段落して一歩踏み出せたら、活動の幅も広げられるかな。そういった楽しみはありますね」
―美を保つ秘訣(けつ)は
「娘にはよく『ちゃんとやらなきゃダメだよ』って。日焼けのこと、日々のケアのこと、本当に教えられています。ちゃんとやるようになったのは、ここ最近のこと。やらないんですよ、面倒くさくて(笑)。あとは浅く広く、いろいろとやりたいタイプなので、こんなことがいいよと聞くと、3日ぐらい試して(最終的には)飽きちゃう。何一つ続かないです(笑)。ただ『いいよ』と言われたものは、とりあえず試しています」
―今後の具体的な芸能活動に関して
「あまりそういうのを考えたことがなくて。女優さんとアーティスト、どっちが好きですか?ってよく聞かれるけど、どっちも好きなんです。アーティストや歌手と言われた方が格好いいなとは思うすけど、私がお客様を楽しませる、私によって(お客様の)気分が晴れる人が一人でもいてくれたら―という思いがあるので、私はオールマイティーにできる人でいたいと思っています。アーティスト、歌手にこだわらなくてもいいのかなって。特に決めないようにしていますね」
―ビルボードライブは2022年に始まり、今回で通算5回目になる
「通常のライブとは、比較的に違う選曲をしています。私の中でもライブではやらないスペシャルな曲をやらせていただくことが多いかなと思います。初めてビルボードのステージに立った時は雰囲気にのまれてめちゃくちゃ緊張しました。回数を重ねるにつれて慣れてくるのかと思いきや(会場の)独特の雰囲気は慣れるってことはないですね。毎回、いい意味での緊張感があります」
―ビルボードライブは今回で終わりになる
「いったんひと区切り、という形ですかね。何かを始めるには区切ることも必要ですから。(またビルボードライブをやらせていただく時には)いろいろな人とジョイントができても素敵だなと思うし、それが意外な人との組み合わせでも面白いかなって。またいろいろなことができたらいいなと思います」
―最後に
「初めてのお客様が全部知らない曲だったってことがないように、絶対にこの曲を聴きたいだろうな~という曲は入れています。ちょっと敷居が高くて『どうしようかな?』と思っている方も、いつものライブに行っているからビルボードはいいかなと思っている方も、『来て良かった~!』と満足してもらえると思う。私自身、ビルボードの雰囲気に合わせていこうと思っています。そういう意味では普段のライブとはひと味、ふた味、違うかな。ぜひ足を運んでほしいです」