【東日本大震災10年】福島県南相馬市「絆診療所」…仮設住宅はなくなったけど、住民のつながりの場所であることは変わらない
福島県南相馬市にある「絆診療所」は、2012年5月に東京電力福島第1原発周辺からの避難者が住む仮設住宅の一角に開設した。15年11月には、建物を新築。それから5年余り、仮設住宅の住民は全員退去し、離れた地域に引っ越した人も多いが、診療所には現在も当時の住民が集まるという。新型コロナウイルスが高齢者の孤立化に拍車をかける中、遠藤清次院長(64)は「これまでも、そしてこれからも、診療所がみなさんの『絆』を作れる場所になっていけば」と願っている。(高柳 哲人)
福島第1原発の20キロ圏内に位置した南相馬市小高区の住民を中心に、約3000人が生活していた診療所近くの仮設住宅。現在、その場所は更地になっている。「19年3月が退去期限となっていました。その後は、別の場所に完成した災害復興住宅などに引っ越されたりした人もいます」。現在の患者は、近くに住む人が大半。だが、今も50人ほどの元仮設住宅住民が診療所を訪れる。
高齢者が多く入居していた仮設住宅。年がたち、自らの足で来所できない人も多くなっている。そんな患者のため、診療所では近所に住む人たち数人をまとめて送迎するサービスも行っている。
患者の話から感じるのは、不便だった仮設住宅での生活よりも、散り散りになった現在はさらに孤立化が進んでいるということだ。「車の中で、私たちスタッフや“かつての隣人”と会えることを一番の楽しみにやって来るという方もいます。その声を聞くと、人間のつながりというものは何よりも大切ということを改めて思いますね」
新型コロナは、診療所にも大きな影響を与えている。「みんなが集まれる場所になるように」と広く作られた待合室で定期的に実施していた健康教室は、昨年から休止が続く。来所を断念せざるを得ない遠くに住む患者も多い。「もちろん、医学的な治療であれば、現在の住居近くの病院に行けば受診できる。でも、それだけではないんだな…。つながり、生きがいというものも含めての診療所だと思うんです」と遠藤さんは話す。
診療所が新築された直後、遠藤さんは「最後の仮設がなくなるまで、みんなが集まってほしい。もし散り散りになっても診療所を『集会所』として、語らえる場所にしたい」と話していた。今現在は、新型コロナのために“一時休止”となっているが、その思いはみじんも変わってはいない。
「5年前、言っていたことを、今も続けてこられていたことは、自分としては良かったと思いますね(笑い)。つながりの場所を作りたいという思いで始めた診療所。その『約束』は、これからも果たしていきたいと思っています」。診療所で生まれた絆は、これからも紡がれていく。