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四番覚醒 ~22歳の3割30本100打点~岡本和真

史上最年少での3割30本100打点達成史上最年少での3割30本100打点達成

史上最年少での3割30本100打点達成史上最年少での3割30本100打点達成

 10月9日、巨人の2018年シーズン最終戦となった甲子園での阪神戦。球史に刻まれる放物線が、スタンドへと描かれた。岡本の打球が左中間席へ吸い込まれると、歴史の扉は開いた。

 3点リードとなった8回1死二塁。望月の150キロ直球を仕留め、自身初の1試合2発&2打席連発となる33号2ラン。100打点に残り2としたシーズン最終打席で、史上最年少での3割30本100打点を達成した。チームのクライマックスシリーズ(CS)進出も決める活躍に「(意識は)多少ありましたけど、チャンスだったので何とか打ちたかった。いい結果になってよかったです」と、あどけない笑顔を見せた。

 チームに希望の光をともしたのも4番の一振りだった。6回に同点に追いつかれ、迎えた7回先頭。桑原のスライダーを振り抜き、左中間席へ32号勝ち越しソロを放った。「今日は絶対に勝って決めるという思いで試合に臨んだ」。開幕2戦目で1本塁打を含む4安打5打点で18年初勝利をもたらした男が、勝てばCS進出の決まる最終戦でも価値ある1勝を運んだ。

プロ3年目まで本塁打1本に終わっていた男プロ3年目まで本塁打1本に終わっていた男

プロ3年目まで本塁打1本に終わっていた男プロ3年目まで本塁打1本に終わっていた男

 14年にドラフト1位指名で入団した岡本和真。1年目の9月5日、横浜でのDeNA戦でプロ初ホーマーとなる2点本塁打を放った。高卒新人で1年目の本塁打は1993年の松井秀喜以来で、19歳2ヶ月での代打本塁打はチーム最年少記録にもなった。

 黄金ルーキーとして期待されながら、2年目は1軍3試合にとどまり、3年目となった2017年は自身初の開幕1軍、スタメン入りをしながらも、打撃不振で4月21日に登録を抹消され、その後1軍に戻ることはなかった。

 3年目は7月17日のイースタン・ロッテ戦から2軍では4番を任された。2軍では96試合に出場し、94安打、55打点、打率2割7分で10本塁打を放っていた。

 2年目を終え、左翼守備を特訓し、3年目は「7番・左翼」で開幕していた岡本。だが、3年目を終えた秋、再びコンバートとなった。外野手から三塁へ。2018年への戦いは、まず守備から始まっていた。

何が岡本和真を変えたのか

二岡打撃コーチと歩んできた道

二岡打撃コーチと歩んできた道

 岡本の覚醒を二岡智宏前打撃コーチの存在なくしては語れない。

 2年前の2016年、二岡氏は2軍打撃コーチとして、高卒2年目の岡本に出会った。「高卒2年目ということは、大学2年の年。持っている力は、僕のその頃よりはるかに高い。だけど、僕の方がもっと色々考えて野球をやっていた」と二岡氏は当時の岡本について振り返った。意識改革が必要と考え、自身も現役時代にやり続けた「ノートを付ける」ことを提案した。打席で感じたことを何でもいいから、毎打席メモする。ノートはその日の終わりに二岡氏が受け取り、意見を書き加えて翌朝に渡していた。「赤ペンで書き込んで、ホントに学校のテスト答案みたいになってました。(笑い)最初は『ん?』と思うようなことも書いてあったけど、シーズンが終わる頃には、内容が良くなってましたね」。“交換日記”はその年で途絶えたが、今季も岡本はノートを書き続けていた。二岡氏はあえて、それを見ることはなかったという。

 今季、岡本にとって技術面で最も影響があったアドバイスは何だったのか。「春のキャンプで二岡さんから『バットを立ててみたら?』と言われたのが、すごく大きいです」。それまでバットのヘッドを投手側に倒すように構えていたのを、倒さないようにした。二岡氏は言う。「1軍の速いストレートとキレのある変化球への対応力を上げるには、スイングの無駄を無くす必要があった」。バットを立てることにより、その無駄が無くなった。

 さらにもう一つ、グリップの位置を下げた。その助言は3月14日のソフトバンクとのオープン戦(ヤフオクD)の試合前だった。グリップの位置が高すぎることは、これもまた、スイングの無駄につながると二岡氏は見ていた。その日の試合、岡本は5回にソロアーチを放っている。二岡氏は「意識があったんだと思いますが、シーズン終盤になると、今度は逆にグリップの位置が低すぎるように感じました。それで、シーズン最終戦(10月9日の阪神戦=甲子園)の試合前に、『グリップの位置を少し上げてみたら』って言ったんですよね」と振り返った。岡本はその日、自身初の1試合2本塁打をマークして、100打点を達成したのだった。

 岡本は二岡氏の現役時代のウェートトレーニングを昨秋から取り入れた。トレーニングルームで実際に一緒に体を動かして見せた二岡氏。「何しろ、体幹が弱かった。最初はバランス系を徹底的にやりました。徐々にウェートトレに入ったんですが、ベンチプレス一つ取っても、僕が上げられるものでも和真は上げられない、なんてことがあったほど、弱かったです」。成果は岡本自身も感じている。「体幹も強くなったように感じますし、打球も変わってきたんじゃないかな、と実感しています」。

由伸監督との絆

由伸監督との絆

 歴史的な記録を作ったシーズンを振り返り、岡本はメンタルの部分での自身の変化について、高橋由伸前監督から掛けられた言葉が支えになっていたことを口にした。「一番大きかったのは、監督に『ファーストで1年間行くぞ』と言っていただいたことです」。

 それは特別な機会を設けて伝えられたわけはなかった。3月26日、開幕を4日後に控えた東京ドームでの練習中。走塁練習をしている時に、二塁ベース付近で練習を見守っていた由伸前監督からふと発せられた言葉だった。「もちろん結果が出なければダメなのはわかっていましたし、その言葉にどれだけのものがあったかはわかりません。だけど、吹っ切れたというか、なんかこう、去年までのような『ここで打たなきゃ2軍だ』と結果にとらわれ過ぎたり、余計なことを考えなくなった。1打席1打席集中することができて、いいスタートが切れた。それが大きいと思います」。

 由伸前監督は6月2日のオリックスとの交流戦(京セラD)から岡本を第89代4番に据え、その後シーズン終了まで決して4番から外さずに起用した。「この1年、頼もしく成長してくれたと思う。大したもんだよ。期待以上と言ったらあれだけど、(でも)われわれの期待以上の成長を見せてくれたね」。

志田スコアラーとの時間

志田スコアラーとの時間

 「キャンプの時から志田(宗大スコアラー)さんには、ベースとなる考え方を教えてもらってました」と振り返った岡本。シーズン前に起こった“事件”がさらに岡本の意識改革につながっていた。

 3月9日のオリックスとのオープン戦(ほっともっと神戸)は、2018年で初めて4打数無安打に終わった。その試合後、志田スコアラーから最後の打席を前に気持ちを切ってしまったことを見抜かれて叱責された。「3割を打つ超一流選手は、その日3タコで迎えた4打席目に安打を打つ。3タコの後でもいかに集中していけるか、準備していけるか。4タコで終わるか4の1にするか、そこが大きな差になる」。指摘されて、猛省。すべての打席ごとに気持ちをリセットすることを約束した。「シーズントータルで考えたとき、(打率)2割5分と3割の違いは、1週間に(打つ安打数が)1本違う程度。だからこそ、1打席ごとに貪欲に、最低でも1日1本は、という思いで臨みました」。岡本は心持ちは変わっていった。

 志田スコアラーは言う。「相手の研究については初歩的なところからのスタートでした。対戦を前に、いろんな人は相手投手のことを研究すると言いますが、そうじゃなくて、相手バッテリーから自分がどう見られているか、捕手がどう思うのか、つまり、自分のことを研究しろ、と。それができたんじゃないでしょうか」。

ゴジラの教え

ゴジラの教え

 春季キャンプ中に臨時コーチとしてキャンプ地を訪れた松井秀喜氏から指導を受けた。全体練習終了後、サンマリンスタジアムのベンチ裏のスイングルームに2人だけでの時間を持った。マンツーマン指導。16年のキャンプでも指導されたことのある岡本。「下半身を使うことは前から言われていたことで、それを今まで以上に強く意識するようにしました。下半身で打つ感覚を取り入れてから飛距離も伸びたので、大事なことだと思います」。

 8月8日、東京ドームでの阪神戦で松井氏はテレビ中継のゲスト解説として試合を観戦していた。その試合に岡本は「4番・左翼」で先発出場し、初回2死一塁から左中間二塁打を放って、続く阿部の先制3ランにつなげていた。「本当に立派だと思います。打席から自信が見えました。本塁打もそうですが(この時点で20本塁打)、打率3割をキープしているところがすばらしい。今春のキャンプでは下半身の体重移動についてと、ボールをしっかり呼び込むことを話しましたが、今日見た限りでは、2つとも出来ている印象です」松井氏は笑顔を見せた。

 そして「4番打者」について、アドバイスした。「今は与えられた4番と思っているかもしれないけれど、自分がやらなくてはいけないという意識を持つこと。巨人の4番は特別な場所。つかんだのなら、離さない-。そういう気持ちが大切です」。

背番号25を継承

背番号25を継承

 2017年秋季キャンプ中の11月半ば、岡本の背番号変更が決まった。「38」から「25」へ。岡本にとって師匠のような存在だった村田修一氏が前年まで背負っていた番号。過去にも李承ヨプら大砲が付けてきた栄光の番号。スラッガーの代名詞でもあり、球団からの期待が込められた。

 プロ1年目のオフにグアム自主トレに呼んでもらうなど、師弟関係を築いていた。「ずっと憧れで、目標の方。同じ三塁手として色々教えてくださったり、声を掛けてもらった」。

 村田氏からは開幕前にゲキを飛ばされた。「2ケタ本塁打打たないと、しばくぞ!」。それに対して、岡本も思っていた。「そのつもりだし、それぐらいやらないと失礼」。

 8月1日、BCリーグ栃木の村田氏がNPB復帰断念の記者会見を開いた。その日のDeNA戦(横浜)で19号3ランを放った岡本。25番の後継者は、結果で先輩への感謝のメッセージを送っていた。

開幕シリーズで見せた2018年の姿開幕シリーズで見せた2018年の姿

開幕シリーズで見せた2018年の姿開幕シリーズで見せた2018年の姿

 オープン戦で全17試合に出場し、12球団トップの15打点を叩き出すなど、4本塁打で打率2割6分7厘の成績を残し、「6番・一塁」での開幕スタメンの座を手にした。そして迎えた阪神との開幕3連戦。開幕戦はチームも敗戦し、岡本も無安打に終わった。だが、2戦目に岡本のバットが火を噴いた。8回に試合を決定づける今季1号3ランを放つなど、プロ初の猛打賞をマークする5打点の活躍。プロ1年目の15年9月5日のDeNA戦(横浜)以来938日ぶりの一発は、東京ドームでの初アーチ。そして迎えた3戦目、2戦連発となる逆転3ランを放ち、シーズン最初で最後のガッツポーズが飛び出した。

 岡本は今季の活躍を振り返り、技術面について「今までやってきたことを捨てて、一から作ったというか、やり直した」と話す。バットを立て、グリップの位置も下げた。その試行錯誤を見守ってきた二岡氏は、今年の躍進の一番の要因を「開幕シリーズに打てたこと、あれが全てだと思いますね」と言う。「和真の性格的にも、うまくいかないとシュンとなるタイプ。だから、開幕でコケてたら、ここまでの数字は残せなかったと思います。開幕3連戦で2本(本塁打を)打ったことが大きいです」。岡本も言う。「今年は二岡さんから『マイナスなこと言ったら、許さない!』と言われて、ポジティブキャンペーンを張って、気にしないようにはしてました。でもやっぱり僕は(失敗を)引きずると言ったら引きずるタイプなので、開幕シリーズで打ててなかったら、あそこで終わってたかもしれません」。

 開幕3連戦で5安打2本塁打8打点の打率4割5分5厘。過去3年間で1本塁打6打点の男が、この3試合で一気に過去の成績を超える結果を残した。開幕スタメンの座を譲る形となった阿部は「和真、何かつかんだな」とつぶやいた。そしてキャプテンの坂本は言った。「岡本サンにつなげれば何とかなる」。

阪神との2018年開幕シリーズでのチーム戦績と岡本の成績
3月30日 ●1-5 「6番・一塁」4打数無安打
3月31日 ○8-4 「6番・一塁」4打数4安打1本塁打5打点1四球
4月1日 ○3-2 「6番・一塁」3打数1安打1本塁打3打点1四球

第89代4番に

第89代4番に

 6月2日。その時が来た。オリックスとの交流戦。京セラドームの電光掲示板には「4番一塁 岡本」が光った。

 球場に到着した直後の午後2時過ぎ、いつものように、ロッカーにあるスタメンが書かれたボードに目をやると、4番のところに自分の名前が記されていた。首脳陣から特別何かを言われたわけではなかった。「自分が4番を打つとは思ってなかったです。そこまで3番か5番を打たせてもらったりして、今年はそういうところ(4番)で打つイメージはなかったです」と岡本。しかしながら、やはり闘志は燃やしていた。「(ボードを)見た瞬間から、内心は『やってやろう!』と思っていました。4番になって打てなかったら恥ずかしいじゃないですか。気にしてんのか?みたいになるのが嫌なので、逆に打ってやろう、と」。

第89代4番に

 言葉通りの活躍だった。2回の第1打席。山岡の直球を完璧にとらえた。長い長い滞空時間を経て、京セラドーム左翼5階席に到達した特大の放物線。この一発は自身プロ初でチーム一番乗りの2ケタ、10号本塁打となった。

 4月22日の阪神戦、甲子園での初アーチとなる4号本塁打を打った時のこと。前年は4月21日に2軍に降格したことを口にした。「日付もはっきり覚えています。あの悔しさがあるから、今年はしがみついてでも1軍で戦い続けたい」。そう誓っていた男が、歴史を作った。4番の初打席アーチは、巨人では07年の阿部以来4人目。高卒4年目までに4番を任されたのは、95年に3年目で任された松井以来だった。6打数2安打2打点で、4番デビュー戦をド派手に飾った。

スランプ~32打席ノーヒット

スランプ~32打席ノーヒット

 4番に座ってから3試合連続で2安打をマークするなど活躍していた岡本のバットから、快音が消えた。6月26日の広島戦(マツダ)の第2打席で左翼ポール際に14号ソロを叩き込んだ後、本塁打どころか安打も出ない日々が続いた。

 それでも岡本は自分を励ますように言った。「ヒットは出ていませんけど、技術面がどう、ということはないです。1年間やっていれば、こういう打てない時期もある。そういうことも、こうやって試合に出続けなければ経験できなかったことだし、むしろ今の時期にそれが出て良かったと思います」。

 その姿を見守っていた由伸前監督も言っていた。「1本安打が出れば、また変わると思うし、アウトの中にもいい打球はある。本人がひと皮向けるためにも、ここを乗り越えなくちゃいけない。プロ野球、そんなに甘くないよ」。第66代4番を務めた指揮官の言葉だった。

スランプ~32打席ノーヒット

 7月5日、東京ドームでのDeNA戦。2点を追う3回一、三塁の場面で迎えた第2打席で、左中間へ適時二塁打。二塁ベースに到達した岡本は、両手を力強く叩いた。「素直に、うれしかった」。33打席ぶりの安打となった。

 復活を告げる一打は、偶然にも“ゴジラの歩み”と重なった。松井も高卒6年目の98年、32打席連続無安打を経験したが、33打席目で適時打をマーク。岡本はゴジラ以来となる巨人の4番での30打席以上連続無安打となったが、20年の時を経て、同じ境遇で同じベイスターズを相手に、同じタイムリーという結果を残してみせた。

8月の大暴れ

8月の大暴れ

 8月に岡本が残した数字は驚異的だ。27試合に出場し、打率3割4分、8本塁打の28打点。岡本は言った。「季節の変わり目って、いつも体調を崩しちゃうんです。春も、夏も、秋も、冬も…。もう子供の頃からずっとそうなんですけど」。今季も例に漏れず、7月下旬に気温が急上昇した際は一向に止まらない鼻水に連日悩まされ続けたが、8月に入り、体が夏モードに順応した。

 暑さは得意なのか。「2軍の方が暑いですから」(笑い)。2軍での経験が生かされた。この時点ですでにチームで唯一、全試合に先発出場し続けていた。疲労はピークにあったはずだが、「鈍感なので、疲れとかそういうことにあまり気づかないんだと思います」と笑った。

右方向へ

右方向へ

 逆方向への当たり。岡本がプロ初となる右翼への一発を放ったのは、5月13日の東京ドームでの中日戦だった。そして次戦となった15日のヤクルト戦(鹿児島)でも2戦連発となる右越えの7号ソロを放った。

 今季33本塁打の内、センターから右への当たりは11本。二岡前打撃コーチは「どのコースに対しても、自分の形で強く振れるようになっている」と見ていた。

 岡本は言う。「僕、もとももとセンターから右の方向へ打ってたんですよ。高校の時もホームランの半分以上がセンターから右だったんで。それが、プロに入ってからレフトにしか入らなかった。技術がなくて打てなくなったというか、ホームラン打ちたいと思ったら全部レフトに行っているという感じだったんです。今はしっかり芯でとらえれば(スタンドに)入ると思ってやっている」。真のスラッガーへ、岡本は進化してきた。

地方球場の鬼

地方球場の鬼

 今季地方球場で行われた試合は10試合。岡本はこの全試合で打率4割8分9厘、5本塁打、14打点と大暴れした。岡本の地方での強さの秘密。本人のコメントは至ってシンプルだった。「去年までファームに居たので」。慣れない球場でプレーする機会が多い2軍を過去3年で経験したことが、成功につながっていた。

記録ずくめの2018

記録ずくめの2018

 シーズン最終戦で史上最年少での『3割、30本塁打、100打点』を達成した岡本。巨人で22歳以下のシーズン全試合出場を記録したのは、長嶋茂雄、王貞治、松井秀喜、坂本勇人に続き5人目。このメンバーで同じ22歳時(1958年長嶋、62年王、96年松井、2010年坂本)で比較すると、岡本以外はみな全試合、全イニング出場を果たしているが、100打点は達成できなかった。

打率
58 長嶋茂雄 .305 29 92
62 王貞治 .272 38 85
96 松井秀喜 .314 38 99
10 坂本勇人 .281 31 85
18 岡本和真 .309 33 100

 打順では今季4番として出場したのが93試合で最多。この打順で24本塁打をマークした。他球団からの移籍選手(4番経験者)を除き、巨人で4番デビューの試合数、本塁打数は、62年同じ22歳だった王の64試合22本塁打を抜き、最も多い数字となった。

さらに続く4番打者の道~2019年へさらに続く4番打者の道~2019年へ

さらに続く4番打者の道~2019年へさらに続く4番打者の道~2019年へ

 「去年はずっとファームでやっていたので、1軍の試合で打てる、打てないと悩めることが、僕にとって楽しいことだった。つらいとかは、なかったシーズンでした。来年は今年よりも活躍できるように頑張ります」-岡本和真

「四番覚醒~22歳の3割30本100打点~岡本和真」

取材
尾形圭亮 後藤亮太(スポーツ報知運動第一部巨人担当) 柳田寧子(スポーツ報知メディア局)
写真
相川和寛 安藤篤志 生澤恵里香 上村尚平 堺恒志 清水武 杉山彰一 関口俊明 竜田卓 中島傑 橋口真 矢口亨(スポーツ報知写真部)
大好敦(スポーツ報知東北支局)
石田順平 小梶亮一 保井秀則(スポーツ報知大阪編集センター)
協力
スポーツ報知運動第一部 スポーツ報知運動第一部記録担当 月刊ジャイアンツ取材班 スポーツ報知編成部
デザイン
佐藤淳(ワンボン)
制作
スポーツ報知メディア局