巨人・田中将大「負けている姿ばっか見せているので。勝っている姿をたくさん見せたい」 まい夫人と小3長男、5歳娘へ活躍誓う

スポーツ報知
巨人に移籍し復活にかける田中将

 巨人に新加入した田中将大投手(36)が19日までにスポーツ報知の取材に応じ、入団決定から現在までの心境を激白した。日米通算197勝を誇るが、昨年は未勝利に終わり、楽天を退団。今季に完全復活を期す右腕は、愛する「家族」の存在が原動力とし「負けている姿ばっか見せているので。勝っている姿、いい姿をたくさん見せたい」と赤裸々に思いを告白した。常勝軍団ヤンキースで酸いも甘いも味わった経験も糧に、日本の伝統球団での再出発を成功させることを誓った。(取材・構成=堀内 啓太)

 昨年12月25日の入団会見から約2か月。1軍キャンプ地の沖縄・那覇には連日ファンから大歓声を浴びる田中将の姿があった。

 「やっぱり、幸せです。(巨人との)いいご縁で、今(野球を)やらせていただいているので」

 昨年11月に楽天を退団。2012年に里田まいと結婚し、9歳の長男と5歳の長女の2児の父として一家を支えてきた大黒柱の脳裏には、真っ先に家族の存在が浮かんだという。

 「常にもう家族が一番なので。家族がまず自分の中での最優先で。だから心配をかけたと思います。子どもたちもそう、妻にも心配をかけたなって。こうして無事に(移籍先が)決まって喜んでくれました」

 那覇キャンプ中に長男は9歳の誕生日を迎えた。少年野球チームで日々成長を続ける愛息の話題になるとパパの顔が緩んだ。

 「ピッチャーをやったり、内野を守ったり(ポジションは)いろいろやってますよ。(自分を)常に応援してくれているっていうのは感じます。息子は恥ずかしがり屋のところがあったりシャイで(笑)。でも、妻からそういうの(応援)は聞いてますし、やっぱり家族の応援が一番活力になる。息子も野球をやっていますし、(16年に)息子が生まれて、記憶がしっかりある時から、なかなかいいシーズンが送れていなくて、負けている姿ばっか見せているので。やっぱ勝っている姿、いい姿をたくさん見せたいなって思いがあります」

一緒に暮らせる 新たな職場はパ・リーグからセ・リーグへ。東京Dを本拠とする在京球団での再出発は、復活への“追い風”になる可能性がある。

 「(昨年までは)仙台に単身で、今年から一緒に暮らせる。家族との時間も自然と増えるし、本拠地、神宮、横浜と(球場の)半分は自宅から通うことになる。子どもの成長も近くで見られる機会が多くなるだろうし、そういう面ではすごい楽しみだなと、うれしいなと思います」

 36歳で始まった伝統球団での挑戦。多くのメディアによって一挙手一投足が注目される中、唯一無二の“強み”がある。それが常勝軍団・ヤンキースでの経験だ。計り知れない重圧と伝統の重みを背負いながら7年間で78勝を積み上げた男は言う。

 「間違いなく、ジャイアンツもすごい。ファンの方々の数や注目度、注目される環境というのは。でも僕は、ヤンキースを経験してきている。あそこを見ているから、想定外でもないしビックリするってことはない。サプライズではないんです。すごい注目度ですけど、それに尻込みすることはないですね」

 昨季は23年10月に受けた右肘手術の影響もあり1軍1登板でプロ初の0勝。屈辱の1年が、レジェンド右腕の心に変化をもたらした。

 「とにかくつらい1年だったなと思います。でも、そういう時を過ごしたからこそ、突貫工事ではなくてしっかりと見直す時間にもなりました。そのままやっていてもうまくいかない。見つめ直すきっかけになったのは確かですね」

 心機一転で出会ったのが巨人の久保康生巡回投手コーチ(66)だった。キャンプ初日から「魔改造」と称される的確な指導を受け、投球フォームにメスを入れた。加入後初めて打者と対した17日のシート打撃では主力のべ8人に安打性1本。前進していることを証明した。

 一方、新天地でも大切に貫く言葉が「氣持ち」。楽天時代の恩師・野村克也さん(享年84)に影響を受け、あえて「氣」の字を使っている。

 「これは野村監督からで、『こっちの氣の方がより強い意味があるから』と。最後に勝負を決めるのは『氣持ち』だと思う。グラブにもずっと刺しゅうを入れてますけど、強い『氣持ち』を持って戦い抜きたいと思ってます」

 家族のためにも大逆襲を期す19年目。日本一を知る男の言葉は頼もしかった。

 「とにかく一年間投げ抜くこと。日本一に貢献したい。ジャイアンツは常にそこを求められるし、そのチャンスが大いにあるチームだと思う。その一員に加わりたいと思います」

 その視線は力強く、前を見据えていた。

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