箱根駅伝優勝2回の神奈川大が監督交代会見 大後栄治監督は部長兼総監督に 中野剛新監督が就任

スポーツ報知
35年間、神奈川大駅伝チームを指導した大後栄治前監督は晴れやかな表情で教え子の中野剛新監督にタスキをつないだ

 箱根駅伝優勝2回、全日本大学駅伝優勝3回の神奈川大は18日、横浜市のキャンパスで大後栄治前監督(59)の退任と中野剛(つよし)新監督(50)の就任の会見を行った。

 大後前監督は日体大1年時に腰痛などの影響もあり、マネジャーに転身。主務として全日本大学駅伝優勝に貢献した。日体大大学院を卒業後の1989年に神奈川大コーチに就任。以来、第100回箱根駅伝(2、3日)を区切りに勇退するまで、35年にわたって神奈川大を指導してきた。

 「私はマネジャー出身でカリスマも威厳もない。陸上を勉強して、選手とコミュニケーションを取るしかなかった。35年間で一番、印象に残っているのは68回大会(1991年)の予選会で4位通過し、神奈川大が18年ぶりに箱根駅伝復活出場できたことです。97年の箱根駅伝初優勝は前年に途中棄権したので、タスキを最後までつなごう、という気持ちだけでプレッシャーはなかった。あれよ、あれよという間に大手町に帰ってきました。連覇した98年はプレッシャーがありました。その後、勝てない時期が長かったですが、鈴木健吾(富士通、マラソン日本記録保持者)という選手に出会えて、20年ぶりに2017年に全日本大学駅伝に勝つことができました。数年前から長期的な計画として、100回大会をけじめとして交代し、中野監督に託すことを決めました。最後の箱根駅伝ではシード権(10位以内)を取れるのでは、と思っていましたが(昨年)12月10日以降、体調不良者が次々と出てきて、これまで一番、ひやひやした。(21位という結果について)半分しか力を出してあげることができなかった。でも、これが箱根駅伝なんですよね」

 大学駅伝界きっての人格者として知られる大後前監督は、静かに35年間の歩みを振り返った。今後は、部長兼総監督に就任する見込みだが「現場に口を出すことは絶対にありません。100%、中野監督に任せます」と断言した。

 部員には昨年12月のチームミーティングで監督交代が伝えられていた。一部のOBも大後前監督の勇退を聞いており、鈴木健吾らは第100回箱根駅伝の沿道で「大後栄治」と大きく記した横断幕を掲げ、恩師を応援し、改めて感謝の気持ちを伝えていた。

 後任の中野監督は、神奈川大OBで大後前監督の教え子。実業団のSGH監督を退任後、約半年、ハーローワークに通った後、21年に大後前監督の強い希望で神奈川大コーチに就任。23年はヘッドコーチを務めた。「箱根駅伝は大変なレースです。いい準備ができても、体調がひとつ悪くなれば、ダメになる。いい準備をできなければ全く戦えない。箱根駅伝という舞台に立たなければ何も分からない。101回箱根駅伝の目標は、まずは予選会を突破することです。ぎりぎりでも予選会を通過できるチーム、ぎりぎりでも勝てるチームを作りたい」と中野監督は言葉に力を込めて話した。神奈川大のプラウドブルーのタスキは、中野新監督と新チームに託された。

 ◆大後 栄治(だいご・えいじ)1964年11月21日、川崎市生まれ。59歳。83年、日体荏原高から日体大に入学。腰痛などの影響もあり、1年生秋にマネジャーに転身。主務として全日本大学駅伝優勝に貢献した。日体大大学院卒業後の89年に神奈川大コーチに就任。97年、監督に昇格。箱根駅伝優勝2回(97、98年)、全日本大学駅伝優勝3回(96、97、2017年)。2002年から人間科学部教授。24年1月、監督を退任。

 ◆中野 剛(なかの・つよし)1973年3月12日、和歌山県生まれ。50歳。91年、和歌山北高から神奈川大に入学。箱根駅伝には3回出場し、2年6区14位(チーム8位)、3年1区13位(チーム7位)、4年2区10位(チーム6位)。95年に卒業し、佐川急便(現SGH)に入社。2005年に現役引退し、SGHコーチに就任。2008年にSGH監督に昇格。12年ロンドン五輪男子マラソン代表の山本亮(現中大コーチ)らを指導した。20年にSGH監督を退任し、21年に神奈川大コーチに就任。23年にヘッドコーチ。24年1月に監督昇格。弟の幹生さんも神奈川大で活躍した。

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