2度目の箱根駅伝出場・駿河台大1区のレマイヤンがスタート前に大手町で迷子に 徳本一善監督「あわや失格でした」

スポーツ報知
1区、集団から飛び出す駿河台大・レマイヤン

 第100回箱根駅伝(1月2、3日)は、学生3大駅伝5連勝中だった駒大に青学大が真っ向勝負で破り、総合新記録の完全優勝で幕を閉じた。伝統の継走は、今回も多くのドラマを生んだ。

 その中で、100回目にして初の悲劇が起こる大ピンチがあった。2年ぶり2度目の出場で18位だった駿河台大の1区を走ったスティーブン・レマイヤン(1年)がウォーミングアップで迷子となり、スタート前にあわや失格のピンチに陥っていた。

 背筋が凍るような情報を最初に聞いたのは、1月2日午前8時スタートの30分前だった。スタート地点の様子を取材していた同僚の太田涼記者から「駿河台大のレマイヤンがウォーミングアップに行ったまま行方不明になっています」という驚きの連絡があった。先回りして箱根に向かっていた私は、ソワソワしたまま、スタート時間を待っていたが、日本テレビの中継が始まった時、レマイヤンの姿を画面に見つけてホッとした。

 レースが無事に終わった後、駿河台大の徳本一善監督(44)に詳しい状況を聞いた。

 東京・千代田区大手町の読売新聞社前のスタート地点の周囲は同じような景色のビル街のため、不慣れなレマイヤンはウォーミングアップ中で迷子になったという。予定通りに読売新聞社に戻って来られなくなり、招集開始時刻(午前7時35分)に遅刻。ただ、招集完了時刻(午前7時50分)には間に合ったため、失格は避けられた。

 「あわや失格でした。ただスティーブン(レマイヤン)だけの責任ではありません。スティーブンと一緒にウォーミングアップに行かなかった付き添い係の責任でもあり、その付き添い係にしっかり指導しなかった私の責任でもあります」と徳本監督は神妙に話した。

 「行方不明」になったレマイヤンを駿河台大チーム関係者だけではなく、大会スタッフ、さらには他校の関係者も協力して「捜索」してくれたという。「心配してくれた皆さんに感謝します」と徳本監督は話した。

 スタート時間ぎりぎりに間に合ったレマイヤンは「顔が青ざめていた」(徳本監督)というが、スタートすると積極果敢にレースを引っ張った。終盤、ペースが落ちたものの、それでも区間6位と粘った。

 駿河台大は2年ぶり2度目の出場。出場選手の経験者は前々回7区15位だった新山舜心(としむね)主将(4年)だけだった。「選手だけではなく、選手を支えるチーム全員が経験不足でした」と指揮官は、しみじみと振り返った。

 ただ、収穫もあった。5区では倉島啓人(2年)が区間5位の力走で5人をゴボウ抜きして、往路は10位と34秒差の14位と健闘した。総合成績は11時間6分58秒で18位。初出場だった2年前は11時間13分43秒で19位。いずれも、2年前のチームを超えた。

 初出場だった前々回は19位という結果以上の存在感を示した。埼玉県の中学校体育教師を休職して心理学部に編入学し、31歳で箱根駅伝出場を果たした今井隆生(当時4年)と、今井の中学時代の教え子の永井竜二(当時3年)が4区と5区でタスキリレー。死力を尽くしながらも区間最下位(20位)に終わった今井に対し、運営管理車に乗った徳本監督が「2年間、ありがとう。謝ったらブッ飛ばすから」とねぎらい、感動を呼んだ。アンカーの阪本大貴(当時4年)が爽やかな笑顔でゴールした姿は話題になった。

 2回目の出場となった今回、駿河台大は、貴重な経験を積み重ねた。

 「レマイヤンの迷子という大きなミスだけではなく、2日間のレースを通して起きた小さなミスを今、チーム全員で洗い出しています。それを次回以降に生かします。例えば、外国人留学生のウォーミングアップには付き添い係が同行しなければいけない。箱根駅伝はスケールが大きくて本当に難しい。経験が少ない我々にとっては難しい大会です。でも、だからこそ、やりがいがあります。101回大会も予選会を突破して絶対に出場しますよ」。徳本監督は言葉に力を込めて話した。

 法大時代、箱根駅伝史上、初めて茶髪とサングラスで出場したと言われる徳本監督は2年時は1区で区間賞、3年時は2区でトップを走った。しかし、4年時は2区で途中棄権。箱根路を沸かせた選手だった徳本監督が今回は監督として「スタート前の失格」という悲劇を箱根駅伝史に残すところだった。「レマイヤンが招集完了時間に間に合わなかったら…本当にヤバかった」と徳本監督は言葉少なに話した。

 ドラマチックな個性派指揮官率いる駿河台大は、101回大会以降も目を離すことはできない。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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