【箱根駅伝】青学大、大会新記録で第100回王者 初出場の復路5人で「ピクニックラン」駒大完封

スポーツ報知
節目となる100回大会で、2年ぶり7度目の総合優勝を果たし胴上げされる青学大10区の宇田川瞬矢(カメラ・小泉 洋樹)

◇第100回東京箱根間往復大学駅伝競走復路 (3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5区間109・6キロ)

 青学大が10時間41分25秒の大会新記録で2年ぶり7度目の総合優勝を飾った。往路を大会新で圧勝した青学大は復路も制して完全優勝。従来の記録を2分17秒塗り替える大会新記録で、学生3大駅伝5連勝中だった駒大から「箱根路の覇者」の称号を取り戻した。原晋監督(56)が「シード(10位以内)落ちもあり得る」と覚悟したシーズン当初から大挽回。「負けてたまるか!大作戦」を掲げて挑んだ100回目の継走を「300点です」と豪語。連覇、さらには大会史上最長の6連覇を宣言した。

 必勝パターンだった。往路優勝した青学大と2位の駒大は2分38秒、距離にして約900メートルの大差があった。復路5選手は全員が箱根初出場であることが唯一の懸念材料だったが、それは無用の心配だった。

 「1号車が全国に君たちの走りを放送している。カッコ良く走って楽しもう」。原監督直伝の「ピクニックラン」を5人は貫いた。山下りの6区で野村昭夢(3年)は区間2位、7区の山内健登(4年)は同3位、8区の塩出翔太(2年)と9区の倉本玄太(4年)は区間賞。区間を重ねるごとに駒大との差は開いた。

 最終10区の宇田川瞬矢(2年)は1~9区の選手、いや、チーム全員でつくった6分23秒の差に守られ、ウィニングロード。迫り来るライバルの影はまったく見えない。22年大会に青学大が記録した10時間43分42秒を2分17秒も上回る大会新記録。投げキッスしながら優勝のゴールテープを切った。

 危機感から始まっていた。前回、青学大は3位。優勝した駒大に7分14秒の大差をつけられて完敗した。近藤幸太郎(現SGH)ら有力選手が卒業した今季、原監督は「ひとつ間違えるとシード落ちもある」と選手に訴えた。選手も覚悟を持って23年度に突入。「全員が危機感を持って夏合宿に臨みました」と主将の志貴勇斗(4年)は振り返る。

 「夏を制する者が箱根を制する」という格言がある。夏合宿で泥臭く走り込んだ結果、地力はアップした。今季は出雲駅伝5位、全日本大学駅伝2位。同じ順位をたどった19年度を思い出し、原監督は手応えをつかんでいた。しかし、1か月前、インフルエンザに集団感染する大トラブルに見舞われた。原監督と共に就任20年目の寮母で妻の美穂さん(56)は「こんな時期のインフルは初めて。監督は珍しくピリピリしていました」と明かす。

 チーム状況がどん底にあった時「負けてたまるか!大作戦」が浮かんだ。ただ「負けてたまるか!」の対象は駒大ではなかった。自分自身と現状だった。「できなかった練習を取り戻そうとせず、練習量を落としたことで急激に調子が上がった。それは夏の走り込みの貯金があったから。こんな調整法があるのか、とアップデートできた」という。

 「負けてたまるか!大作戦は300点です」と自画自賛。今春には黒田の弟で全国高校総体3000メートル障害2位の然(岡山・玉野光南)ら有力高校生が多数入学予定だ。「油断せずに連覇、3連覇、いや6連覇を目指します」。原監督は大会記録(1959~64年の中大)への挑戦を宣言した。箱根駅伝に初優勝した2015年以降、2年連続で優勝を逃したこともない。「青学大は連敗はしません」とニヤリと笑った。100回目を迎えた継走。最近の10年で7勝を誇る。青学大の時代は続く。(竹内 達朗)

 ◆青学大 1918年創部。箱根駅伝は43年に初出場。2004年に原監督が就任。09年大会で33年ぶりに箱根出場を果たし、15年から4連覇。20、22、24年も制して優勝7回。出雲駅伝優勝4回。全日本大学駅伝優勝2回。16年度は学生駅伝3冠。練習拠点は神奈川・相模原市。タスキの色はフレッシュグリーン。長距離部員は選手44人、学生スタッフ16人。主なOBはプロランナーの神野大地、ハーフマラソン日本記録保持者の小椋裕介(ヤクルト)。

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