松井秀喜氏「私は長嶋監督と落合さん」信頼できる人をそばに…秋広に門脇にアドバイス…「ゴジLIVE」

スポーツ報知
クリスマスツリーの横で笑顔の松井秀喜氏

 巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(49)=ヤンキースGM付特別アドバイザー=が読者からの質問に答える企画「ゴジLIVE」の最終回は、巨人・門脇誠内野手(22)、秋広優人内野手(21)ら今季台頭した若手へのアドバイスを聞いてみました。バットを常に身近に置いていた自身の現役時代を振り返り、時間のあるシーズンオフにじっくりと思考する重要性などを語ってくれました。(取材・構成=阿見 俊輔)

 6月に始まった「ゴジLIVE」では、自身が選ぶベストナインや故障を回避するための高校野球、甲子園改革など、松井さんが読者からの質問にニューヨークから本音で答えてくれました。早いもので最終回。古巣・巨人は今季セ・リーグ4位に終わりましたが、門脇、秋広、浅野ら若手が成長し、阿部新監督が率いる来季に光が差しています。

「巨人の若手には今後どうなってほしいですか」(熱いG党さん)

など、読者からは多くの質問が寄せられました。松井さんは若手の台頭をどう捉えていますか。

 「チームとしては健全な姿だと思います。坂本選手や岡本(和)選手のように長い間、安定してジャイアンツを支える存在になってほしい。ただバットを振るだけでは良くなっていかないと思います。正しい打ち方をある程度、理解した上でバットを振らないと、成長速度は鈍るように感じます。いい打者の共通点に気づき、自分と対比してみる。打者は、正確に、強く打ちたい。両立すれば安打や本塁打になる確率が上がる。正確に打つためには、球を長く見て打つ球か、見逃す球かを見極める能力がいる。また、体をどう使ったら強く打てるのか。結局はそのあたりに重点がいく。自分が目指すタイプの中で、いい選手を見てその長所に気付く、または信頼できる人に教えてもらう。まずは頭で、目指す方向性と理想を定めることが出発点になるのでは」

 ―松井さんの場合は。

 「私は気づく前に教えていただけた幸運がありました。長嶋監督に教えていただいたことは全て私の打撃の礎になりました。技術的な面でいろいろと参考にさせていただいたのは(94~96年に巨人で同僚の)落合博満さんです。どうして3冠王を3度も取れたのか。幸運にも打撃を目の前で見られた。自分なりに考える作業を自然にできるようになった一つの要因かと思います」

 ―東京Dの選手用の浴場でも教わったそうですが。

 「2人とも試合が終わった後、ゆっくりしていましたから、お風呂に入るときはほかに誰もいないことが多かった。私の打撃には悪い癖がありました。どうしても右手が強すぎて無意識に頼ってしまい、スイングのときに右肘が上がる。バットの軌道が変わり、きちんと当たらなくなる。その悪癖を落合さんは早い時点で見抜いていた。直すために左肘の使い方などを教えてくれて『結果がいいから、必ずしもいい打ち方をしているわけではない。このままではそれ以上はいきませんよ』と。将来のためのヒントをいただきました」

 ―4年目に38本塁打で飛躍したが転機は。

 「3年目(95年)の終了時です。神宮でブロスが完封してヤクルトが優勝を決めた試合で、私が最後の打者でした。中飛を打ち上げた直後にふと『このままの選手で終わってしまうかも…』と。自分がアウトになって相手の優勝が決まる屈辱を味わって、尻に火がついた。北野打撃投手にオフもG球場で一緒に練習してもらい、早めに準備しました。それまでオフも練習はしていましたが、危機感からくる練習の充実度はだいぶ違いました」

「秋広、門脇、浅野が来年活躍するには、どのようなオフを過ごしたらいいですか」(夜明け前さん)

という質問も届いています。

 「オフは、自身の成長のためにいろいろなことに思いを巡らせる大事な日々となります。ほぼ毎日、試合があり、体調を整えて準備に頭も体も向けないといけないシーズン中には、じっくり思考するのは難しい。息抜きも必要かと思いますが、試合はないのですし、多くの時間、野球のことを考えていてもいいのではないでしょうか。野球選手は現役時代、野球のことが頭から離れないもの。考えていることをすぐに体で表現してみたいと思い、私はオフでもバットをいつでも振れる状態にしていた。いつ長嶋監督に呼ばれるか分からないですから、車には常にバットを積んでいました」

 ―気が休まる暇がないですね。

 「プロの世界では往々にしてありうることですが、今年、芽が出たからといって、必ず来年もうまくいくとは限りません。危機感や向上心を持ち続けることが必要と思います。どこかで安心してしまうと心に隙ができて、その時点で成長速度は緩む。今までと同じ練習をしていればいい、ではなく、これまで以上の結果を出すためにはどうしたらいいかを考えていかないといけません。自分が経験したことを、どう次につなげていくかも大切と感じます」=おわり=

 ◆落合博満と松井秀喜 93年オフ、落合がプロ野球で初めて導入されたフリーエージェントの権利を行使して中日から巨人に移籍。松井と同僚になった。プロ野球史上初の同率首位チーム同士によるシーズン最終決戦となった94年10月8日の中日戦(ナゴヤ)に「3番・松井」「4番・落合」で出場し、アベック弾でVに貢献。95年8月25日の阪神戦(甲子園)では落合の故障によって、松井が3年目で自身初めて4番で先発出場した。公の場でも、落合は松井の打撃に厳しい発言が多かったが「指摘は事実ですし、ありがたかったです」と感謝した。

 ◆96年の松井 95年の苦い経験を糧にしてオフも練習に明け暮れて迎えた4年目の96年は開幕4番に抜てきされた。初めてフルイニング出場して、打率3割1分4厘、(95年2割8分3厘)、38本塁打(同22本塁打)、99打点(同80打点)をマークし、セ・リーグMVP。長嶋監督が率いたチームは最大11・5ゲーム差を逆転して優勝し「メークドラマ」を成し遂げた。

 ◆松井 秀喜(まつい・ひでき)1974年6月12日、石川県生まれ。49歳。星稜時代に甲子園4度出場。高校通算60本塁打。92年ドラフト1位で巨人入団。リーグMVP3度、首位打者1度、本塁打王、打点王各3度獲得。2003年にヤンキースへFA移籍し、09年ワールドシリーズで3本塁打を放ちMVP。エンゼルス、アスレチックス、レイズを経て12年限りで現役引退。13年に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞受賞。日米通算2504試合、打率2割9分3厘、507本塁打、1649打点。

ファンを思う心 30年前と変わらず

《取材後記》 白髪やシワがめっきり増えた。野球教室で子供たちに特大のアーチを見せたいとフルスイングしても、打球は飛ばず、フェンスを越えなくなった。松井さんも49歳になり衰えに直面する一方で、ファンを思う心は衰え知らずだった。「読者からの質問に答える」という今回の企画を通じて、あらためて感じた。

 「引退から10年以上経過し、近況があまり伝わってこないから知りたいです」「監督として将来、巨人に復帰する気持ちはありますか」…。読者から寄せられた数多くの質問に、家族とのエピソードや子育て論、指導者についての考え方などを明かしながら誠実に回答。「メディアの向こう側にはファンがいる。取材のリクエストがあれば、できる限り応じたい」という姿勢は、93年のプロデビューから30年たっても変わっていなかった。

 今回で最終回となるが紙面の都合上、答えてもらえていない問いかけもたくさんある。松井さんも毎回、質問を心待ちにしていた。またいつか、松井さんと読者の橋渡し役を命じられる日が来るのを私も楽しみにしている。(阿見 俊輔)

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