【高校野球】花巻東・佐々木麟太郎、留学決断の理由「固定概念を取っ払って、自分自身の道を歩む…そういう生き方を」

スポーツ報知
NPBではなく、米国大学への進学を選択した佐々木麟太郎は、雪降る花巻から世界を目指して旅立ちの時を待つ(カメラ・泉 貫太)

 歴代最多となる高校通算140本塁打をマークした花巻東(岩手)の佐々木麟太郎内野手(18)が1日、インタビューに応じた。プロ注目のスラッガーは今秋、プロ志望届を提出せずに米国への留学を決断した。その背景や、将来への思いなどを明かした。(取材、構成=加藤 弘士、高橋 宏磁)

 ―留学決断の理由は?

 「野球だけできる人間を目指していない。野球も、できる人間になりたいという思いがあった。父である(洋)監督さんから勧められたこともある。実際、9月に(米国の大学を)見に行って、最後は自分自身で決めました」

 ―プロ志望届を出すことは考えなかったか?

 「最後の最後まで悩んだ。自分の目標は『野球もできる人間』。勉強したいことも多かった」

 ―米国の魅力は?

 「行くのも初めて。衝撃もあった。カルチャーショックがありました。加点方式で考えるというか、プラスのことだけ考えることが多いと感じた」

 ―加点方式の考え方に、賛同できる部分があった。

 「監督さんが『選手の可能性を潰してしまったことを悔やんでいる』と言っていたことがありました。自分も、人を育てられるような仕事をしたいと思っています。人を伸ばしていけるような生き方をしてみたい」

 ―単身で留学することに、不安はないのか?

 「不安要素はありますし。怖さがないわけではない。それより、ワクワクする部分がいっぱいあって。怖さを乗り越えた先に、いい部分があると思っています」

 ―ドラフト会議は見た?

 「見られなかったです。練習をしてました」

 ―OBである大谷翔平(エンゼルスからFA)が今季、メジャーリーグで2度目のMVPを獲得。刺激になるか?

 「先輩ですし、尊敬するところばかり。目指している先輩ではある。少しは追いつけるように頑張ります」

 ―名前の由来は幕末の偉人・勝海舟の幼名から。

 「素晴らしい方から、名前をつけてもらった。自分も固定概念を取っ払って、自分自身の道を歩んでいく―。そういう生き方をしたいと思っています。今の段階では選手として、どこまで活躍できるのか、未知の世界。まずは大学で結果残せるように頑張りたい」

 ◆佐々木 麟太郎(ささき・りんたろう)2005年4月18日、岩手・北上市生まれ、18歳。幼少時から野球を始める。江釣子(えづりこ)中では大谷翔平(エンゼルスからFA)の父・徹氏が監督を務める金ケ崎シニアに所属し2年夏に「4番・三塁」で東日本選抜大会優勝。高校では1年春から「2番・一塁」でレギュラー。184センチ、113キロ。高校通算140本塁打。右投左打。家族は両親と妹。

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