東京女子プロレス卒業の坂崎ユカ、12・1後楽園で新世代と10周年記念試合「負けるわけにはいかない」

スポーツ報知
東京女子プロレス卒業の坂崎ユカは12・1後楽園での新世代との対決に向け「負けるわけにはいかない」ときっぱり

 2013年12月1日に東京・北沢タウンホールで旗揚げした東京女子プロレスが12月1日の東京・後楽園ホール、同6日の北沢両大会で「東京女子プロレス誕生10周年記念興行」を開催する。北沢大会は旗揚げ戦でデビューし、このほど同団体を卒業する坂崎ユカの「坂崎ユカ卒業記念スペシャル」として実施される。創成期から団体を支え、頂点の王座プリンセス・オブ・プリンセス王座を3度戴冠するなど大きな功績を残した坂崎は今、何を思うのか? 卒業目前の思いを聞いた。

 ◆坂崎に聞く

 ―卒業を考え始めたのはいつ頃?

 「東京女子の旗揚げからやってる子だったら、多分、各々、意識はしていたと思うんです。自分の中で一番しっくりする卒業のタイミングが今だったという感じです。漠然としていて、いつ頃からというきっかけがないんです。でも、ウチらは先輩がいなくて、世代の近い女の子たちが集まってやっている団体というのがあって、みんな長くいるもんじゃないというのはあるんです。10年だし、そろそろかなって思いました」

 ―卒業会見をしたのが5月。今年10周年で気持ちが動いた感じか?

 「吹っ切れたのは10周年というタイミングだったからですね。それがなかったら、踏み切れてなかったかなと。東京女子は青春を謳歌するためにいるという認識なので、ずっとはいられないんですよね。東京女子のイメージを壊したくないという感じなので。私がいなくなることで変わる景色もあるだろうし、動かなきゃなって気がしました」

 ―他の女子団体ではそういう考え方はないと思うが、東京女子でやってきたからこそ、そういう考えに?

 「これが私の団体愛みたいなものがあって。他の人はどういう心境でやめるのかは分からないですけど、東京女子が好きだから卒業する。そんな感じです」

 ―後輩たちにもっと頑張ってほしいという思いもある?

 「十分頑張ってはいるので。自分が思う東京女子にしてくれていいんですけど。でも、私たちが守ってきた空気感だったり。そういうものはできれば壊さないでいてほしいなと思いながら託します」

 ―卒業を考えたとき、選択肢として海外が出てきた?

 「19年5月のAEWの旗揚げから、米国と日本を両立させていこうと思ってたんです。だけど(コロナ禍で)世の中の状況がそうじゃなくなって。日本の比重が大きい期間になったし、米国に1か月、2か月、3か月、行ったところで、あまりストーリーに組み込めない。いつ帰るか分からない人は難しいのかなって思ったので。言われたわけじゃないけど、自分が使う側なら、ずっと、いてくれる人のほうがいいよなっていうのがあって。そういうのを感じ始めたのがここ最近だった。ここはいったん整理して、どっしりと米国で構えないと、中途半端なままだなって思ったので」

 ―どっちが先ということでもなかった?

 「そうですね。完全になるべくしてなったタイミングという感じです」

 ―他の選手ともそうですが、特に瑞希選手はベストパートナーですし、彼女と道が分かれるのは大きな決断だったか?

 「もちろん寂しいんですけど、(首の故障での)欠場期間が半年近くあって、その期間で瑞希がチャンピオンロードを歩んできた姿を見てたんで。安心したと言いますか。人間としての強さだったり、チャンピオンとしての強さが見えたんで。私が近くにいなくても、しっかり自分の足で立てる子だと分かったんで。寂しいですし、瑞希も寂しいと思ってくれていると思いますけど、お互いに必要な期間というか別れになるのかなと思います。永遠の別れじゃないし、瑞希も状況が変わってどうなるか分からないし、私自身は卒業しますけど、出禁を食らってるわけじゃないんで。卒業生としてのゲストで戻ってくるかもしれないですし、道はつながってるので」

 ―復帰して数試合して、首は問題ない?

 「問題ないです。米国で試合したいんだったら、故障したらまた使ってもらえなくなるんで、気を付けてはいるんですけど。ここでやり残すわけにはいかないので」

 ―卒業ロードでいろいろな選手と対戦しておきたかったか?

 「自分が最初に描いていたのは半年以上の期間があって、全員とじっくり対戦していきたいと思っていたんですけど。欠場で1か月ちょっとになってしまったので、全員と当たるのは難しかった。当たれない子はどうしても出てきちゃうんで、当たれるだけ当たってというのはありました」

 ―卒業ロードでは後輩たちに対戦の中で何かを伝えたいと思って戦ったのか?

 「そうですね。もし試合ができなくても、セコンドにいる時にも感じ取れるように、より思いが強い状態で試合に臨んでるので。そこで汲み取ってくれたらと思ってやってるんですけど、ボヤっとしてたら分からないですよね」

 ―欠場で6・11後楽園での白昼夢(辰巳リカ、渡辺未詩)とのプリンセスタッグ選手権は流れた。11・19大阪で白昼夢と対戦したが、タイトル戦ができなかった。約束が半分、実現できなかったような思いか?

 「ベルトって生もので、私のケガで返上するというのも誰も予測できていなかったことですし、ベルト持ってる状況でってのも、今では難しい状況ではあるので。同じ状況ではできなかったんですけど、その時の約束は継続していて、ベルト持っていようがなかろうが、今回に関しては言葉にするには難しいくらいの感情でした。欠場期間中にどんどん心が疲れていった原因が、私のせいで返上することになったというのもあるので。でも、試合には(思いは)出せたかなと思います」

 ―12・1は東京女子所属として最後の後楽園、そして旗揚げ&デビュー記念日。10年は早かった?

 「秒ですね。早かったです。期間で言うと、高1から高3とか、それくらいの感覚なんです。11・23鶴見でもメモリアルな試合を組んでもらったんです。それに参加させてもらったのも、昔のメンバーだったり、昔、東京女子に通ってくれていたお客さんだったりとかが集合して行われた興行だったので。昔の入場曲で、私と中島翔子が前説やったりで。昔やってたことを昔見てくれてた人に再現したような興行だった。体に染みついてるというか、その時の感覚が容易に思い出せる。なので時間感覚みたいなのは全然ないですね」

 ―後楽園ホールという会場には思い入れは?

 「もちろんあります。東京女子が後楽園で試合するって、最初のうちは考えられなかったですから。それがほぼ月イチくらいでできるようになって。やっぱりイッテンヨン(1月4日)は後楽園ですし、そのルーティーンも毎年続けられるくらい、力を付けてきていたっていうところもあります。後楽園は東京女子の力をはかるための大事な場所。私たちの中でもステップアップにすごく分かりやすい場所だったので、思い出の地ですね」

 ―12・1後楽園は山下実優&中島翔子&坂崎&辰巳&瑞希vs渡辺&荒井優希&鈴芽&宮本もか&遠藤有栖の「10周年記念スペシャル10人タッグマッチ」。初期メンバー&瑞希選手vs新世代という構図になるが…。

 「私の意思でもないし、会社が組みたくて組んだカードで、会社的には世代交代的な雰囲気を出したいと思うんですけど、こっちとしては『何を言っとるんじゃ』となるので。会社、私たち世代、新しい子たちの3WAYみたいな戦いです。どういう試合になるのかは当日、後楽園の10周年を見てくれないと分からないと思います。もちろん私たちは負けるわけにはいかないし、あの子たちも会社に期待されている。こういう時にこういう試合が組まれるのは、どういうことかと考えてると思うので。そう動いてくると思うんですけど」

 ―勝つのは前提だが、何かを伝えられれば?

 「伝われば伝わったでいいんですけど、汲み取れる子だけ汲み取ってって感じです」

 ―この若い世代の5人には期待しているのか?

 「みんなには期待してますよ。フィジカルだったり、プロレス脳だったり。何で飛び出てくるか分からないから。エンタメで飛び出てくる子もいるだろうし」

 ―卒業する場所が旗揚げの地でデビューした場所の北沢になった。思い入れは?

 「ありますね。旗揚げ当時の興行の雰囲気を今でも思い出します」

 ―12・6北沢では何を見せて卒業していきたいか?

 「悔いなく、終わりたいので、悔いが残ってる人とはやりたいですし、自分が歩んできた道のなかで、きっかけになった人たちにも会いたいですし。何を優先するか難しいですけど、きっといい興行になるのは間違いないので。今まで顔を出せてなかった人たちにも会いたいですね」

 ―まずはAEWで基盤をつくった上で、東京女子のビッグマッチなどにスポットでゲスト参戦する可能性はある?

 「タイミングが合えば、あります。ファンの方に喜んでもらえればいいですけど」

 ―女子の他団体に出る可能性は?

 「絶対、ないです!」

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