青学大で駅伝を走れなかった石鍋颯一がエースを担う岡山大が来年の出雲駅伝出場権獲得 「敗者(歯医者)復活」は続く

スポーツ報知
岡山大は青学大出身の石鍋颯一(右から3人目)を中心に中国四国学生駅伝で2位になり、来年の出雲駅伝初出場を決めた(写真提供=岡山大陸上競技部・南方昭寛)

 中国四国学生駅伝が26日、山口市の市民会館前スタート、やまぐちリフレッシュパーク駐車場ゴールの6区間53・5キロで行われ、広島経大が2連覇を飾った。2位に岡山大、3位に広島大が続いた。上位3校が来年10月の出雲駅伝(島根・出雲市=6区間45・1キロ)の出場権を獲得した。

 出雲駅伝初出場を勝ち取った岡山大でエース区間の3区を担ったのは、青学大出身の24歳、石鍋颯一(3年)だった。「チーム全員で2位を狙っていました。僕は区間4位でイマイチでしたけど、みんなが頑張ってくれました。出雲駅伝出場はうれしい」。レース当日の午後7時、私が祝福と取材の電話すると、石鍋の快活な声が返ってきた。

 昨春、青学大を卒業した石鍋は岡山大歯学部2年に編入。青学大時代は、学生3大駅伝に一度も出場できなかったが、今年の全日本大学駅伝(11月5日)では日本学連選抜チームの一員としてエース区間の7区に出走(区間17位)。学生3大駅伝出場の夢をかなえた。さらに、岡山大の単独チームで出雲路を駆けるチャンスをつかんだ。青学大の原晋監督(56)も「大したもんだ」と称賛する。

 石鍋は川崎市の宮前平中2年時に、のちに青学大でも1学年先輩となる神林勇太さんともに全国中学駅伝に出場し、5位に入賞した。神奈川・鎌倉学園高3年時には2学年下の児玉真輝(現明大4年)とともにダブルエースとして関東高校駅伝に臨み、6位となった。2018年、一般受験で青学大社会情報学部に合格し、陸上競技部の門をたたいた。2年時に1万メートル学内記録会で非公認ながら29分15秒0をマーク。中堅校以下なら3大駅伝に出場できる実力をつけたが、選手層が分厚い青学大では4年間、出番なし。4年時の夏にマネジャーに転身し、2022年1月の第98回箱根駅伝では青学大の完全優勝を陰で支えた。

 「箱根駅伝を走りたくて青学大に入りましたけど、結局、学生3大駅伝に一度も出場できませんでした。選手としての目標を達成できなかったことは悔いが残りますが、最後の箱根駅伝で優勝できたことは最高の思い出になりました」と石鍋は青学大時代の濃密な4年間を振り返る。

 横浜市都筑区の「いしなべ歯科クリニック」で院長を務める父・聡さん(60)の後を継いで歯科医となるため、猛勉強の末、岡山大歯学部の編入試験に合格。青学大社会情報学部を卒業した後、岡山大歯学部2年生に編入。同時に「青学大から来た大物ルーキー」として陸上競技部に入部した。学業が忙しく、限られた時間で練習に励み、伊勢路を駆けた。

 「青学大で駅伝を走れなかったけど、これぞ敗者(歯医者)復活です」。聡さんの文字通りの“おやじギャグ”に石鍋は苦笑いしながらも「ずっと応援してくれている父に感謝しています」と爽やかに話す。

 石鍋は青学大で学んだ体幹トレーニング、通称「青トレ」を岡山大のチームメートに伝授。「今年の練習メニューは僕が作らせてもらっています。岡山大は意欲のある選手ばかり。医学部の選手もいるし、それぞれ勉強で忙しいですけど、みんなで一生懸命に練習しています」。石鍋の加入によって、岡山大は急成長し、出雲駅伝初出場を勝ち取った。

 「日本学連選抜で全日本大学駅伝を走れたことはうれしかったですけど、出雲駅伝で岡山大のタスキをつなげることは、もっと、うれしい。1区(8キロ)を走って、関東の強豪校に食らいつきたいですね」。岡山大の仲間と共に、石鍋颯一の「歯医者復活戦」は続く。

 ちなみに、私が電話した時、石鍋の第一声は「すみません、今、歯を磨いていました」だった。(竹内 達朗)

 ◆石鍋 颯一(いしなべ・そういち)1999年6月12日、川崎市生まれ。24歳。川崎市立宮前平中2年時に全国中学駅伝1区17位、チームは5位。3年時に1500メートルと3000メートルで全国大会出場。鎌倉学園高では2年時に1500メートルで南関東大会7位。青学大社会情報学部に入学。22年3月に卒業し、同年4月に岡山大歯学部2年に編入。自己ベスト記録は5000メートル14分8秒79(公認)、1万メートル29分15秒0(非公認)。178センチ、60キロ。

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