選評会見自体がエンタメだった伊集院静さん…5年前、セカオワSaori直木賞落選時の温かな言葉の思い出

スポーツ報知
2018年1月の第158回直木賞選考会後の選評会見に登場した際の伊集院静さん

 現代では若過ぎる73歳での死の瞬間までエンタメ作家としての矜持(きょうじ)を貫いた。そんな最後の無頼派作家の死だった。

 直木賞作家の伊集院静(いじゅういん・しずか、本名・西山忠来=にしやま・ただき)さんが24日、肝内胆管がんのため死去した。今年10月に肝内胆管がんと診断され、治療のために執筆活動を休止すると発表していた矢先の訃報だった。

 10月初旬に肝内胆管がんとの診断を受け、静養を発表してから、わずか2か月弱での旅立ち。2020年1月にくも膜下出血で倒れて救急搬送された際には手術が成功し、後遺症なども全くなく復帰。その後も変わらず精力的に執筆を続ける姿に一ファンとして勇気をもらっていたが、今度は再びペンを取ることはかなわなかった。

 作詞家、演出家、作家、そしてギャンブラー。周囲の人を楽しませるために生まれてきたような伊集院さんの魅力の一端に生で触れることができたのが、2018年1月16日、東京・築地の料亭「新喜楽」で行われた第158回芥川賞と直木賞選考会の席上だった。

 直木賞には3度目の候補だった門井慶喜さん(52)「銀河鉄道の父」が輝いたが、話題の中心にいたのが処女作「ふたご」で、いきなり初ノミネートされた人気バンド「SEKAI NO OWARI(セカイノオワリ)」のSaoriとして活動する藤崎彩織さん(37)だった。

 2時間に渡った選考会の末、藤崎さんは選に漏れた。午後6時過ぎ、9人の直木賞選考委員を代表して選考経過の説明会見に登場したのが、当時67歳の伊集院さんだった。

 冒頭、門井さんの受賞理由について「大体、投票で決まった。圧倒的に門井さんの作品が約7割を占めていましたね」と選考経過をそのまま明かすと、「後の4作品は1軍半くらいのところで横並びだったね。2軍と言わないところが私の優しいところで」と、さすがは立教大野球部出身。元ヤンキースの松井秀喜氏(49)とも親交の深い野球大好き作家らしいストレートな例えで詰めかけた記者の笑いを誘った。

 新型コロナ禍もなく、リモート会見の必要もなかった当時。新喜楽の大広間にはSaoriの受賞を期待して、スポーツ新聞の音楽担当記者も数人、駆けつけていた。質問も自然と「1軍半」と評された4人の作家のうちの1人、Saoriに集中した。

 「藤崎さんは才能があって、感性もある。ただ、初めての作品ということで小説の形としては完成度が足りないんじゃないか」とストレートに切り出した伊集院さん。Saoriが5年かけて執筆した「ふたご」は交際していた時期もあるという「セカオワ」のFukase(38)とSaoriの関係をそのまま思わせるストーリーだった。

 伊集院さんは作品をじっくり読み込んだ上で「真実であるようなことが書かれている。あるものをそのまま書くと物語はきれいに見えるが、物事があいまいになって見えなくなる。ただ、最初に書いた作品としては非常に才能があるという評価がありました」と言葉を紡いだ。

 「彼女は素晴らしい楽曲に出会ってきたと思うけど、今後は素晴らしい小説に出会うといい。素晴らしい才能です。音楽業界の方が芸人より純粋だったということでしょうね。物の見方に才能を感じた。まっすぐ見ようという前向きなところが感じられるのが良かったと思う」と一見、15年に「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹(43)を揶揄するかのような発言も飛び出したが、これもリップサービスの一つだったのだろう。

 一方で出版不況の中、手っ取り早くヒット作を生み出そうという狙いのもと、話題性優先で「ふたご」を候補作に入れたと指摘されていた点についても「(議論は)それはありましたよ。選考会でも『(候補作入りは)どういうことなんだ!』と。何かがあるから(候補に)残したというのは斟酌しないと。そんなことを争っていては(議論が)長くなりますけど」―。直木賞を主催し、「ふたご」の版元でもある文藝春秋の事情を忖度する言葉まで飛び出した。

 「藤崎さんが小説がいかに面白いか気づかれたら、もっと素晴らしい作家になると思う。音楽より作家の方がいいと思う。作家には解散はありませんし、世界が終わるということもありませんから。これまでに素晴らしい楽曲と出会ってきたように、素晴らしい小説と出会うと、もっと素晴らしい作家になれると思う」と「セカオワ」のグループ名までコメントに盛り込み、Saoriの作家としての将来性を評価した伊集院さん。

 音楽界からの文学界参入についても「文学の方が高尚という発想はしない。特に若い、違う世界の人が入ってくるのは素晴らしいことだと思う。(そうした新しい動きに)若い編集者が追いついて、新しいものを提供してくれるのを楽しみにしています。我々はそういうものを非常に期待しています。プロ野球選手が入ってくれてもかまわない。あり得ないでしょうけど」と、先細る一方の出版業界にエールを送る発言で選評会見を締めくくった。

 あの日、静かな語り口で始まり、時に熱過ぎる言葉の数々まで約10分続いた“伊集院劇場”を私は一言も聞き逃すまいと聞き入った。一流作家の選評は、やはり一流の娯楽たり得る―。教えられたのは、単純にそういうことだった。

 直木賞、柴田錬三郎賞始め数々の賞に輝いてきた大物作家。私自身、「受け月」「星月夜」「いねむり先生」など一晩で一気に読んだ作品も多いが、小説以上に一時、座右の書にしていたのが、「週刊文春」で連載された人生相談集「悩むが花」シリーズだった。

 プライベートで親しい友人の死にショックを受け、仕事や人事でも悩んだりした時に伊集院さんの厳しくも優しい言葉の数々、例えば「人生は残酷という瓦礫の上を歩くもんだ」、「悲しみには必ず終わりが来る」、「揺さぶられた時にこそ、男の真価は問われるぞ」、「生きることは働くこと。働くことは誰かのため」―。人生の哲人の真摯な言葉に心底、励まされたものだった。

 伊集院さん自身が85年に急性骨髄性白血病のため、前妻で女優の夏目雅子さん(享年27)を失った際、1年以上に渡って「なぜ(悲しい目に遭うのが)私なんだ」と落ち込み続けたことも知っているからこそ、その言葉の数々は、しっとりと心に落ちてきた。

 そんな大人の作家が選評会見で、Saoriという一つの才能について語った5年前の宝物のような10分間を伊集院さんの訃報を聞いた今、じっと思い出す。

 確かな作家経験の元、口にされた新人作家を励ます優しい言葉の数々。なんて、幸せな人なんだろう―。その時はSaoriのことが心底、うらやましかったが、なんのことはない。伊集院さんのまっすぐな言葉に励まされたのは、記者としてその場に座っていた自分自身だった。

 今、伊集院さんと言う偉大な羅針盤を失って、迷った時、誰に、何を聞けばいいのか―。途方に暮れている私が、ここにいる。(記者コラム・中村 健吾)

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