【箱根百継】AI技術でカラー化 今は使われていないルートを走る五輪ランナー…1957年箱根駅伝の復路8区

スポーツ報知
第33回箱根駅伝 平塚駅北口前の国道1号線を走る日大の川島義明(1957年1月3日)※写真画像ソフトのAI機能を使って自動着色し、当時のカラー写真や証言を参考に補正したイメージ

 2024年に第100回大会を迎える箱根駅伝の、報知新聞社に残る1950~60年代に撮影されたモノクロ写真をAI技術でカラー化。再訪して振り返る「箱根百継」。第3回は戸塚―平塚間の3区(8区)から、今は使われていないルートを走る五輪ランナーです。

◆百貨店屋上まで鈴なりの平塚…AI技術でカラー化

 3区(8区)が海岸沿いの134号線を走るようになったのは、61年大会から。それまでは藤沢橋を右折し旧東海道の国道1号線を下っていた。57年、第33回大会の復路8区で平塚駅近くの商店街をトップで走るのは、日大の川島義明。前年12月のメルボルン五輪で5位入賞した人気選手を見ようと、梅屋百貨店(左奥)の屋上にも観客が見える。

 当時の報知新聞は「懸念されたメルボルンでの疲労を感じさせない元気さと自信をみなぎらせる見事なピッチで、2位中大の渡辺をぐいぐい離し、強気の中大・西内監督に『もうだめ』といわせた。日大の優勝はなかば決まったも同然だった」と、その実力を伝えている。

 地元で親しまれた梅屋は近隣に移転した後、昨年9月に営業を終了。アーケード街は残っているが、高層のホテルやマンションが建ち一変した。一方で、当時の写真には写っていないが右手前の履き物店「田村屋」は現存。付近には同じ屋号で営業を続ける店もある。

◇おことわり 今回のモノクロ写真のカラー化は、写真画像ソフトのAI機能を使って自動着色したものを、当時のカラー写真や証言を参考に補正したイメージです。実際の色と異なる場合があります。

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