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箱根駅伝の予選会2か月半前に急きょ就任 明大の山本豪監督「選手はやるべきことをやってくれています」

スポーツ報知
箱根駅伝予選会の2か月半前に就任した明大の山本豪監督。古豪を率いる覚悟を明かした(カメラ・竹内 達朗)

 第100回箱根駅伝予選会(10月14日、東京・立川市)で、6年連続65回目の本戦出場を目指す明大の山本豪監督(50)が27日、8月1日の監督就任後、初めてメディアの取材に応じ、現在のチーム状況の一部を明かした。

 明大は今年1月の第99回箱根駅伝12位で3年連続でシード権(10位以内)を逃し、6月の全日本大学関東地区選考会では10位に終わり、7枠を争った本戦の出場権を獲得できなかった。成績不振の責任を取る形で山本佑樹前監督(46)が辞任。箱根駅伝予選会まで2か月半に迫った8月1日に副監督だった山本豪監督が急きょ就任した。

 「8月1日に正式発表される前にチームミーティングで選手、マネジャーに監督交代を伝えました。選手たちは最初は驚いていましたが、8月1日からは妙高高原(新潟)で夏合宿が始まりましたので、選手は現状を受け入れて、選手としてやるべきことをやってくれています。今年の箱根駅伝が終わった後、学生が話し合って、今季のチーム目標が『箱根駅伝予選会突破、本戦8位』と決まりました。その目標は監督が代わっても全くぶれていません。予選会に向けてチームの雰囲気は良くなってきました」

 監督交代が発表された8月1日が50歳の誕生日だった山本豪監督は、落ち着いた表情で激動の約2か月を語る。「シーズン途中、しかも、予選会まで2か月半ですので、練習内容を大きく変えることはできません。ただ、毎日、各自ジョグの時間を10分だけ増やそう、と選手に伝えました。90分の日なら100分に、100分の日なら110分に。選手たちは実践しています」と話す。

 ハーフマラソン10人の合計タイムで13の本戦出場枠を争う予選会まで17日。前回の予選会と本戦を走った選手の中で2人ほど予選会の登録から外れる見込みというが、前回の予選会で全体11位、チーム2位の児玉真輝(4年)、前回の本戦7区区間賞の杉彩文海(4年)、同3区4位の森下翔太(2年)ら主力は順調に練習を積んでいる。普段通りの実力を発揮すれば予選会突破は確実と見られる。

 明大は箱根駅伝で優勝7回を誇るが、最後の優勝は1949年までさかのぼる。まさに大学駅伝界屈指の古豪だ。西弘美元監督(71、現スカウティングマネジャー)、山本佑樹前監督、山本豪新監督と3代続けて日大OBが明大を率いている。将来的には明大OBのコーチを招聘(へい)する計画もあるという。日大出身ではあるが、明大のコーチになり、すでに20年。山本豪監督は、伝統ある紫紺のタスキの重みを知っている。

 ◆明大競走部 1907年創部。正式名称は「陸上競技部」ではなく「競走部」。1920年の第1回箱根駅伝に出場した4校のうちの1校で東京高等師範学校(現・筑波大)、早大、慶大とともに「オリジナル4」と呼ばれる。1949年の25回大会まで7回の優勝を重ねたが、以降、優勝から遠ざかっている。1956年は部員が足りず、助っ人としてラグビー部員が6人も出場。当時の箱根駅伝公式プログラムには実質的な監督としてラグビー部の「御大」北島忠治監督の名が記されている。出雲駅伝は最高7位(2011、13年)。全日本大学駅伝は最高2位(14年)。タスキの色は紫紺。練習拠点は東京・世田谷区八幡山。

 ◆山本豪(やまもと・たけし)1973年8月1日、静岡・修善寺町(現伊豆市)生まれ。92年に伊豆中央高から日大に入学。日大4年時に日本選手権1500メートル優勝。箱根駅伝では2年7区12位、3年10区4位、4年1区7位。96年に卒業し、実業団のエスビー食品に入社。2003年に現役を引退し、同年に明大コーチに就任。18年から副監督を務めていた。23年8月から監督。

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