苦難を乗り越え、戻ってきた。糸を引くような150キロの直球が低めに決まる。球審の手が上がり、マウンド上の巨人・伊藤優輔投手(26)に安どの表情が浮かんだ。12日のイースタン・リーグ、ロッテ戦(G球場)で21年10月以来、約2年ぶりに公式戦で登板。「緊張よりも不安が大きかった。投げ切ることができてホッとした」。150キロを計測した直球を軸に1回2安打1失点、2奪三振と復活をアピールした。
簡単な選択ではなかったはずだ。
「(手術の)決断をしてからは吹っ切れた。痛みを抱えながら投げている時のほうがきつかった」
20年ドラフト4位で三菱パワーから即戦力として入団。ルーキーイヤーは右肘の状態も影響し、1軍登板なし。保存療法の選択肢もあったが、21年11月に右肘内側側副靱帯(じんたい)再建術(通称トミー・ジョン手術)を受けた。
社会人経由で入団しているだけに、復帰まで1年以上かかる手術に迷いはなかったのか―。心の奥底がちくりと痛むような、答えやすくない話題だったはずだが、冷静に心境を明かした。
「高卒1年目だったら踏ん切りはつくかもしれないですけど、自分の場合は大学経由の社会人卒。一年一年が勝負なので、決断は難しかった。でも、ごまかしてやれる甘い世界ではないので、手術をすることに決めました」
手術を終え麻酔が切れた瞬間から、新しい自分づくりがはじまった。「ここからはい上がるしかない」。いつまでも負の感情を引きずるわけにはいかなかった。右肘は動かない。それでも、心はすぐに動きだしていた。
これまでも逆境を力に変えてきた。中大時代は3年春に左膝膝蓋(しつがい)骨を骨折。選手生命にかかわる大けがだったが、1年近くのリハビリを経て復活。だから今回も必ず―。「成長して戻るのは最低限だと思っていました」。1年以上のリハビリを経て、5月に実戦復帰。状態を上げて、2軍戦登板にたどり着いた。
大きく跳ぶためには大きくかがむ必要がある。この2年は大きくかがんだ時期だったのかもしれない。「今シーズンは残り少ないですけど、1試合ずつ大事に、最高のパフォーマンスをしていくだけです」。まだ26歳。本領発揮は、ここからに違いない。(巨人ファーム担当・宮内 孝太)