永井紗耶子さんに「憑依」した一人称小説 記者としての経験と大好きな歌舞伎を融合させた直木賞作品…木挽町のあだ討ち

スポーツ報知
直木賞受賞の日、覚えている光景は帝国ホテルで会見場へ向かう長い廊下だと話した永井紗耶子さん(カメラ・瀬戸 花音)

 第169回直木賞(2023年上半期、日本文学振興会主催)は永井紗耶子さん(46)の「木挽町(こびきちょう)のあだ討ち」(新潮社)と垣根涼介さん(57)の「極楽征夷大将軍」(文芸春秋)が受賞した。新聞記者、フリーライターから作家に転身した永井さんは、20年にデビューしてから2年連続2度目の候補入りで受賞。記者としての経験と大好きな歌舞伎の融合が直木賞作品を生み出した。(瀬戸 花音)

 いつも通り犬の散歩に出た朝のことだった。酔っ払いが道に寝ていた。「今日は善行を積む日だ」と永井さんは恐る恐る声をかける。「大丈夫ですか?」。酔っ払いの男性から返ってきたのは「大丈夫です」という言葉。「あ、今日は大丈夫だ。きっと大丈夫な日なんだ。そう思えた朝でした」。直木賞受賞の日の朝の出来事だった。

 受賞作は江戸の芝居小屋が舞台。あだ討ちを巡るミステリーだが、引き込まれる要素はそれだけではない。主人公の青年武士・菊之助はもちろんのこと、木戸芸者、立師、女形の衣装係、小道具職人、筋書、出てくる登場人物が誰も彼も人情味があり、魅力的だ。

 そして、構成が独特。それぞれの登場人物に聞き取りをするような形で、それぞれが一人称で語り出す。「書いていても、それぞれ結構、思いがけないことを言い出すんです。憑依(ひょうい)みたいな感じで。こういう職業ですって設定だけ決まってて、『さあ、しゃべって』って言うんです。しゃべり出したら面白いことを言い出したり、『ちょっとそういう人生だったら資料足りないよ。待っててね』って登場人物と会話したりとか(笑い)。そういう感じで作っていきました」

 まるでインタビュー原稿のようでもある。そこには記者やライターでの経験が反映されている。「雑誌とかでも1か月で12人分のロングインタビューをムックにまとめたこともあって。テープ起こしを確かめつつ、あの時どうだったかなと思い出して、構築していくっていうことを何回かやったりしているうちに、いかにインタビューを介してその人の人生を書くのかということが面白くなっちゃってた。それをそのまま、この作品の中に入れてみたかったんです」

 いつか書いてみたかったという大好きな歌舞伎と自身の経歴をかけ算して生み出された本作。歌舞伎と時代小説には共通の魅力があるという。「現代だと、どうしても自分を投影しちゃう部分があると思うんですけど、歌舞伎はリアルに投影しないでも楽しめる筋で、自分を離れられることに魅力があるのかなと。自分を投影しすぎない分、素直に(セリフを)聞けたりする部分もあるのかなあって思ったりします」

 本作を読んでいると、遠くから三味線の音がする気がする。芝居小屋のにおいまでも感じる。読み終わった感覚は一本の芝居を見終わった感覚と似ている。それでいて、希望を抱く。「自分自身がネガティブだから、読み終わった人が膝を抱えて部屋の隅にうずくまらないように。それはすごく意識してるところかなって思います」

 小学生の頃、時代小説と大河ドラマと歌舞伎にほぼ同時期に触れ、小説家を志した。歌舞伎座近くの文明堂カフェで受けた一本の電話によって、夢を超え、直木賞作家となった今。「今回は私に直木賞が振り向いてくれたんだなって感覚はすごいあった。おそれ多くも直木三十五様が認めてくださった…という感じでしょうか。この先、作品を書く上で賞の名前を裏切れないというプレッシャーもありますが、同時にチャレンジする時の勇気をもらえるし、確かな支えを頂いたと思います」

 これからの夢を聞くと、永井さんは含み笑いを見せた。「海外の方にも読んでもらえるものを書けたらいいなって思っていて、ボーダーを超えるにはどうしたらいいかなって。時代物なので、日本国内でもハードルに感じる方もいる。けど、私もシャーロック・ホームズとか時代が違っても見ているし、韓流の時代劇も見たりしてるから、ということは…と思ったり。そこにはなにがある?ってずっと考えてます」

 ◆永井 紗耶子(ながい・さやこ)1977年、神奈川県出身。46歳。慶大文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターに。2010年、「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。20年に刊行した「商う狼 江戸商人 杉本茂十郎」で細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。22年、「女人入眼」が直木賞の候補作に。

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