垣根涼介さん、作家人生の「原点」はお金「破産すんじゃん。副業しなきゃいけないなと」3度目候補入りで直木賞

スポーツ報知
今年3月から禁煙を開始して7キロ太ったという垣根涼介さん(カメラ・池内 雅彦)

 第169回直木賞(2023年上半期、日本文学振興会主催)は垣根涼介さん(57)の「極楽征夷大将軍」(文芸春秋)と永井紗耶子さん(46)の「木挽(こびき)町のあだ討ち」(新潮社)が受賞した。垣根さんは2000年にデビューしてから3度目の候補入りで直木賞を射止めたが、作家になったきっかけはまさかの「金」だった。(太田 和樹)

 直木賞選考会当日、垣根さんは担当編集者と共に東京・銀座コリドー街で待ち合わせ、連絡を待った。連絡を受けたのは、トイレで用を足している最中だった。「手を洗って電話を取りました」。その後、記者会見場には徒歩で移動した。

 「タクシーに乗るには微妙な距離だったので歩いて行ったらめちゃめちゃ暑くて。暑いなとしか考えられなかった。ほっとしたし、うれしいとは思いましたけど、その時に思うことが全て。何か感動的に思うことはないっすよ」と笑い飛ばした。

 13年に現代小説から、明智光秀が主人公の「光秀の定理」(角川書店)など歴史小説にシフトチェンジした。「歴史小説が書きたかったから。それだけです。変な理屈はない」。以来、16年の「室町無頼」(新潮社)、18年の「信長の原理」(角川書店)と立て続けに直木賞候補になり、3度目で受賞を果たした。

 「特に何も思わないです。三度目の正直とかいいますけど、3度目でも落ちる人はいるだろうし、受かる人もいるというくらい数字に意味は感じていないですね」

 受賞作は、室町幕府初代将軍となった足利尊氏の生涯を描いた。

 「足利尊氏って本当にダメダメなんです。弟(足利直義)の生死に関わることは一生懸命やっていたみたいですけど、それ以外は全くやる気がない。でも、そういう人間が超優秀な後醍醐天皇とか楠木正成とか新田義貞をいつの間にか破るって面白いでしょ? 小学校で勉強すると、足利尊氏って室町幕府をつくった人っていうイメージがありますけど、それ以外はよく知らない。どんな人かなって思って調べていくと『ああ! すごいダメ人間だ!』って思って書きたくなりましたね」

 写真撮影の時、ふと、窓から見える景色を眺めてつぶやいた。「屋上に木があるんですね」。取材場所は東京・千代田区紀尾井町にある文芸春秋本社。「テナント収入だけでもう十分じゃない(笑い)。出版事業はもうボランティアでできるじゃん」。「お金の計算となると速いですね」と突っこむと、「そう? ぱっと見りゃ分かるじゃん。坪何十万とかする所に草とか生えているし。無駄じゃん、この土地(笑い)」。すぐに金の計算をするのは、作家人生の「原点」だからかもしれない。

 人生最初の小説は筑波大2年時に書き上げた。当時一緒に住んでいた同じ学部の友人から「同人誌を作るから小説を書いて」とオファーがあり、青森・竜飛崎からツーリングした時の岩木山が奇麗だった思い出やガソリンスタンドで出会ったおばちゃんとの思い出を描いた。卒業後はリクルートに入社。その後、商社を経て近畿日本ツーリストに転職。30歳でマンションを購入したが、ある問題に悩まされていた。

 「ゆとりローンを組んでいて、5年目からローンの返済額がガーンと上がるんです。旅行会社にいたんですが、激務なのに安月給。なおかつ給与体系が、基本給がどんどん下がるシステムに変わり、気がついたのは『俺、破産すんじゃん』って。破産はしたくないなって思ったんですけど、正社員なのでアルバイトはできない。副業しなきゃいけないなと思って小説を書き始めました」

 2000年に「午前三時のルースター」(文芸春秋)でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞し、デビュー。「25年くらい前だと文学賞がまだ結構な賞金を出していた。サントリーミステリー大賞は大賞(賞金額は1000万円)の他に読者賞(100万円)があって、ダブルで取ると1100万。文芸春秋でデビューしたんですけど、文芸春秋って有名な会社じゃないですか。本にすると3万部くらい刷ってくれるのかなと考えて印税は500万だなと、賞金と合わせて1600万くらいもらえるのかなとか考えました」。懸念していたローン問題も解決。作家になって5年以内に返済を完了させた。

 直木賞の賞金100万円は、旅行に使うことを検討している。

 「僕、ヨーロッパとか南米とかいろんな所に行っているんですけど、中央アジアは行ったことがないので行ってみたい。中央アジアは湿度がからっとしていて、発酵料理の名所なんです。食ったりとかしてみたいかな」

 【垣根さんが選ぶおすすめ一冊】

 ◆リチャード・ジェサップ「摩天楼の身代金」

 高校の時に読んだね。

 内容は身代金支払えと。分かりました。支払います。そしたら大きいレースがあるからあの馬に勝たせろっていうんですよ。事前に犯人は馬券買って賭けているわけで、その馬に勝たせるのよ。そうすると公営ギャンブルが損するだけだけど、公営ギャンブルのお金って結局政府とかいろいろなところから補てんが入るから、誰も傷つかないじゃん。そういう話です。で、なおかつ換金にも網が張られているわけ。絶対に引き替えに来る中でどうやって換金するかっていうところも考えられているわけよ。

 この小説は犯罪小説としての出来がすごくいい。誰も傷つけない方法で摩天楼を人質にして身代金を要求するの。普通だったら摩天楼を人質にするっていう発想が出てこないし、身代金って普通、誰かが損するじゃん。でも誰も損していない。公営ギャンブルを使って身代金をせしめる作品は他にもあるけれど、ここまでスマートに強奪したのは見たことないかな。小説の中で。(談)

 ◆垣根 涼介(かきね・りょうすけ)1966年4月27日、長崎・諌早市生まれ。57歳。2004年に「ワイルド・ソウル」で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞。13年から「光秀の定理」など歴史小説を描く。23年「極楽征夷大将軍」で直木賞受賞。

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