自ら売り込んだ職業日記 「ありがとう」の一言が一番のやりがい…須畑寅夫著「バスドライバーのろのろ日記」

スポーツ報知
須畑さんの著書「バスドライバーのろのろ日記 本日で12連勤、深夜0時まで時間厳守で運転します」

 累計56万部を突破した、三五館シンシャの職業日記シリーズ。同シリーズの最新刊「バスドライバーのろのろ日記 本日で12連勤、深夜0時まで時間厳守で運転します」(1430円)が中高年を中心に話題となっている。高校教諭から転職した著書の須畑寅夫さん(60)は「著書をきっかけにバス運転手の魅力を感じてもらえたら」と笑顔で語った。(坂口 愛澄)

 もともと、職業日記シリーズを手にしたことがあったという須畑さん。三五館シンシャに自ら「機会があれば本を書いてみたい」と売り込み、出版することが決まった。

 「バスマニア向けの実用書などはあるのに、バスの運転手が書いた本はほぼゼロに等しいなと気づいたんです。もっとこの職業を世の中の人たちに知ってもらえたらなと思い、問い合わせて熱意を伝えたら、快く引き受けてくださいました」

 須畑さんの前職は高校の社会科教諭。45歳の時、「この世界で定年まで過ごすのもいいけれど、人生一回きりしかないのでやりたいことをやってみたい」と、バスドライバーを志した。

 「僕が受けた時は倍率10倍でした。受けた後に聞いてびっくりしましたよ。4回目でなんとか受かり、憧れだった職に就けるというワクワク感でいっぱいでしたね。未経験者だったので座学や路線研修、実務研修を経て、4か月後にバスドライバーになることができました」

 新人時代、最も苦労したのは社員との人間関係だった。職場では喫煙者が多く、喫煙所で情報交換が行われることも少なくなかったようだ。

 「僕のようにたばこを吸わないと、なかなか情報が入らず困ったこともありました。教諭同士の会話ではあまり出てこなかった、パチンコやマージャンなどの話題も多く、カルチャーショックを受けました(笑い)」

 バスドライバーのスケジュールは日々さまざま。勤務時間によっては、午前3時半起床の日もあった。

 「深夜急行のバスを担当すると、帰宅は午前3時です。朝早くて夜が遅い日はやっぱりキツかった。基本は午前6時半に会社に到着し、休憩を挟んで担当ルートを計5~12往復することになります。総距離は長い時は140キロ、高速の羽田線になると240キロくらいでしたよ」

 乗客の中には定期券などの不正を働く人もいた。須畑さんは「なぜこんなことをするのだろうと、人間不信になったこともありました」と振り返った。

 「もちろんICカードでは不正はできないですが、紙定期だと期限の数字を指で隠したりする人が何人もいました。慣れてくると、不正をする人は挙動で分かるようになりましたね。目をそらしたり、目が泳いでいたり。『もう一度見せてください』と聞くと、約8割が不正をしていました。やっぱり正しく乗車してくれている方がほとんどなので、きちっと正さなければという思いでした」

 入社して2年半後には副班長、4年後には班長に抜てきされた。主に40代以上の部下約12人をまとめるにあたって、教員時代の経験が大いに生かされた。

 「教え方はもちろん、どう理解してもらい、どうやって信頼関係を築いていこうかなどいろいろと考えました。もともと教員をやっていたので役に立つこともあり、難しさよりやりがいを感じましたよ。教習生を一人前にする責任がありますし、自分自身もみんなの見本にならないといけない。『さすがだね』『次はこうすれば、もっとよくなるね』などよく褒めて、やる気を出していたと思います」

 59歳の時、急にろれつが回らなくなったり、文字が書けなくなる症状が出たことから、病院に行くと「一過性脳虚血発作」と診断された。一時的に脳への血流が低下することで、運動障害などを起こす病気で、バスドライバーは引退することに。現在は他業種で働いている。

 「もちろん続けたい思いもあった。ただ、一過性の発作が起きることがあるので、お客さまに万が一のことがあってはいけないと考え、続けるのは厳しいと判断しました」

 12年間のバスドライバー人生を振り返り、最もやりがいを感じたのは乗客から感謝の言葉をもらった時だったと明かした。

 「感謝の気持ちや言葉を受けられるのは、現場でしかありません。雨の日にバス停で停車する際、水たまりから数メートル離れたところに停車すると、ほとんどの方は気づきませんが、気づいた方は『わざわざありがとう』と言葉をかけてくれました。ありがとうや助かりましたという一言が働く上ですごく励みになりました」

 ◆須畑 寅夫(すばた・とらお)本名非公表。1962年9月29日、神奈川県生まれ、60歳。大学卒業後、中学教諭、塾講師、高校教諭を経て、47歳の時、心配する妻を説得してバスドライバーに。神奈川の私鉄系バス会社にて路線バス運転士を12年間勤めた。趣味はバスツアーや旅行に行くこと。家族は妻と2女。

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