【箱根への道】東農大・スーパールーキー前田和摩「怖いもの知らずで」10年ぶり箱根路導く

スポーツ報知
トラックを走る前田和摩(左)と高槻芳照主将(カメラ・小林 泰斗)

 古豪、東農大が復活気配を漂わせている。全日本大学駅伝(11月5日)の関東選考会(6月17日)を5位で通過し、14年ぶりに出場権を獲得。全日本大学駅伝関東選考会の1万メートルでU20(20歳未満)日本歴代2位の28分3秒51をマークしたスーパールーキー前田和摩は、1974年の第50回箱根駅伝2区で当時史上最多の12人抜きを成し遂げた東農大レジェンドの服部誠さん(70)を彷彿(ほうふつ)させる。東農大は、前田、高槻芳照(4年)、並木寧音(ねお、4年)の3本柱を中心に箱根駅伝予選会(10月14日)を突破し、第100回記念大会(来年1月)で10年ぶり70回目の出場を目指す。

 半世紀の時を経て、東農大にスーパーエースが誕生した。1万メートルのレースを4組行い、各組2人ずつ計8人のタイムで7枠を争った全日本大学駅伝関東選考会。第3組終了時点で、東農大は12位の大ピンチだったが、最終組に出場したルーキー前田が衝撃的な走りでチームを救った。

 ハイペースで飛ばすケニア人留学生に一歩も引かず、残り500メートルで先頭に。その瞬間、会場はどよめいた。残り250メートルで、東京国際大のアモス・ベット(1年)、山梨学院大のジェームス・ムトゥク(2年)に抜かれたが、堂々の3位。ロードの10キロは経験があるが、トラックの1万メートルは初挑戦ながら28分3秒51で走破。2004年6月に大野龍二(旭化成)がマークした27分59秒32のU20日本記録に迫る歴代2位の好タイムだった。

 東農大は、最終組のもうひとりの選手の並木も29分2秒22の18位と踏ん張り、5位に急浮上。大逆転で本戦出場権を獲得した。

 前田の走りは、ライバル校と駅伝ファンに衝撃を与えた。1974年の第50回箱根駅伝2区で13位からスタートしながら12人をゴボウ抜きして首位に立った東農大の伝説的なエース服部誠さんを思い起こさせる激走だった。

 「28分40秒くらいは出せると思っていましたけど、28分一ケタは考えていませんでした」と前田は約1か月前のレースを冷静に振り返りつつ、胸に秘めた熱い思いも明かした。「チームのために行けるところまで先頭集団について行くつもりで走りました。相手が留学生だから無理とは考えていませんでした」。エースとしての責任とプライドをにじませた。

 記録会とは異なり、プレッシャーがかかる選考会でたたき出したタイムは、より価値が高い。小指(こざす)徹監督(59)は「28分30秒の力はあると分かっていましたけど、28分3秒は予想以上。素晴らしい走りでした」と前田の力走を絶賛した。

 2009年以来、14年ぶりに全日本大学駅伝の参戦が決定。ただ、その3週前に大一番がある。それが、10年ぶりの本戦出場を目指す箱根駅伝予選会だ。

 主将の高槻は「今季の一番のチーム目標は箱根駅伝の出場です」ときっぱり話す。前田も「全日本大学駅伝の前に箱根駅伝予選会でしっかり走ってチームに貢献したい」と意気込む。

 東農大は箱根駅伝で歴代7位の69回の出場を誇るが、最後の出場は14年の90回大会までさかのぼる。以来、昨年まで9年連続で予選会敗退を喫している。

 2018年11月に再建の切り札としてOBの小指監督が就任。選手としては1989年びわ湖毎日マラソン優勝の実績があり、指導者としても実業団スバル前監督の経験を持つ。ただ、チームの立て直しは容易ではなかった。「私は就任した当時、雨が降ると朝練習が中止になるようなチームでした。ここまで再建するのに5年かかりました」と小指監督は静かに振り返る。

 実質的に2019年度のチームから指導を開始。その当時、高校3年生だった高槻、並木らの勧誘に成功した。「高槻、並木の世代が4年生になった時、必ず箱根駅伝に復活すると誓いました。必ず実現させたい」と小指監督は力強く話す。

 予選会で敗退したチームで編成される関東学生連合の一員として、高槻は1年時に、並木は2年時に箱根駅伝を経験。高槻は8区で12位相当、並木は2区で13位相当と下級生としては健闘した。現在、1万メートルの自己ベスト記録は高槻が28分11秒99、並木が28分16秒30。学生トップクラスの選手に成長した。その両輪に、今季、前田というスーパールーキーが加わり、強力な3本柱が形成された。

 「今、チームの雰囲気はすごくいいです。箱根駅伝出場という目標が今まで以上に現実的になってきていますから」と高槻主将は充実した表情で話す。小指監督は「選手全員に箱根駅伝を走るチャンスがあります。みんな意欲的に練習しています」と笑顔を見せる。

 箱根駅伝予選会は、ハーフマラソン(21・0975キロ)を一斉スタートし、10人の合計タイムで争う。100回記念大会では通常より3増の上位13校が本戦出場権を獲得できる。前回、東農大は17位。10位通過の国士舘大とは6分6秒差だった。「増枠に頼ることなく5位通過を目指します」と小指監督は話す。

 キーマンは、やはり前田だ。最近3年で高槻は34位、14位、12位。並木は47位、28位、104位。いずれもチーム内1位、2位で経験豊富だ。前田は箱根駅伝予選会がハーフマラソン初レースとなる。

 「僕は長い距離の方が得意なので、不安はありません。初の1万メートルだった全日本大学駅伝関東選考会のように、怖いもの知らずで走りたいです」と前田は笑顔で話す。

 小指監督も信頼を寄せる。「全日本選考会の後も(好走の)反動はなく、順調に練習を積んでいます」と明かす。ターゲットは順大の三浦龍司が2020年の箱根駅伝予選会でマークした1時間1分41秒のU20日本記録だ。当時の予選会は、コロナ禍の影響で、平たんな陸上自衛隊立川駐屯地内の周回コースで開催されたが、今回は終盤に起伏がある国営立川昭和記念公園内を走るタフなコースで開催される。「確かにコースは厳しいですけど、気象条件が良ければU20日本記録を狙えると思いますよ」と指揮官はサラリと話す。

 まずは、予選会という関門突破が重要となるが、チーム全員がその先の晴れ舞台を見据える。「選手それぞれが箱根駅伝で走りたい区間をイメージすることが練習の意欲につながります。私も区間配置を考えています」と小指監督は話す。

 「3本柱を1~3区に並べるか。上り坂に強い高槻を5区に起用するか。2区は、関東学生連合で経験している並木が有力候補ですけど、高槻も前田も2区を走れる。前田は1区で区間記録(1時間40秒、中大・吉居大和)を狙うのもいいですね」と小指監督は複数の「初夢プラン」を披露した。

 いまや、学生の枠を超えて、日本長距離界の新星となった前田は、兵庫・西宮市の深津中時代はサッカー部に所属していた。持久力を生かした機動力あるセンターバックとして活躍し、秋から冬にかけては駅伝大会に出場。その走力が見込まれて名門の報徳学園高に入学した。1年時は5000メートル15分30秒と全国レベルから遠かったが、2年時に兵庫県高校駅伝1区(10キロ)で28分59秒の好記録で区間賞を獲得。一気に全国レベルの選手に成長した。3年時の全国高校総体5000メートルでは日本人トップの4位となった。

 多くの有力校から勧誘を受けた中で、箱根駅伝から遠ざかっている東農大を選択。その理由について前田は「高校1年の時、最初に誘っていただいたチームが東農大でした。自分のことを一番分かってくれていて、自分が一番、成長できるチームと思いました」と明確に説明した。

 前田は早生まれ(2005年1月16日)のため、大学2年の12月末までU20記録の対象となる。あと約4秒に迫った1万メートルに加え、5000メートル(13分22秒91、駒大・佐藤圭汰)、ハーフマラソンでもU20日本記録の更新が期待される。さらに将来は世界を見据える。「箱根駅伝は大きな目標ですけど、それで終わりではありません。大学を卒業した後、マラソンで五輪や世界陸上で勝負したい」と前田は、前だけを見据えて語る。

 前途有望な18歳は、東農大において服部さん以来の逸材であることは間違いない。「服部さんとはお会いしたことはありませんが、お名前は、もちろん知っています」と前田は敬意を込めて話す。服部さんは箱根駅伝で4年連続2区を走り、3年時と4年時は区間賞を獲得。特に3年時の第50回箱根駅伝では12人ごぼう抜きを演じ、東農大唯一の往路優勝の立役者となった。当時、大会史上最多の12人ごぼう抜きは、名シーンとして箱根路の歴史に刻まれている。

 2024年新春。記念すべき第100回箱根駅伝で、東農大名物の大根踊りが見られる可能性は大きい。しかも、大盛り上がりの大根踊りとなる可能性も十分にある。(竹内 達朗)

 ◆東京農業大学 1893年に前身の東京農学校が設立。1925年に東京農業大に。箱根駅伝には1921年の第2回大会に初出場。出場回数は歴代7位の69回。最高成績は2位(77年)。往路は優勝1回(74年)、復路は最高2位(77年)。出雲駅伝は最高5位(91年)。全日本大学駅伝は最高2位が5回(74~77年、85年)。タスキの色は松葉緑。大根を持って踊る「青山ほとり」(大根踊り)は応援団の名物。主な大学OBは、元副総理の金丸信、大相撲元大関の豊山ら。

 ◆前田 和摩(まえだ・かずま)2005年1月16日、兵庫・西宮市生まれ。18歳。西宮市立深津中時代はサッカー部に所属。センターバックとしてプレー。秋から冬は駅伝大会に出場。名門の報徳学園高に入学後、本格的に陸上競技を始める。1年時は5000メートル15分30秒と全国レベルから遠かったが、2年時の兵庫県高校駅伝1区(10キロ)で28分59秒の好記録で区間賞を獲得し、頭角を現す。3年時は全国レベルの選手に成長し、全国高校総体5000メートルで日本人トップの4位。23年4月に東農大農学部食料環境経済学科に入学。自己ベスト記録は1500メートル3分52秒23、5000メートル13分56秒65、1万メートル28分3秒51。177センチ、55キロ。

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