試練を乗り越え、箱根路に戻ってくる。中央学院大は昨年の予選会、12位で敗退。17日に行われた全日本大学駅伝関東選考会でも、エースの吉田礼志(3年)が失格となるアクシデントがあり、11年連続出場を逃した。今季の目標大会は箱根一本となったが、2008年に総合3位に入ったチームは、全員で戦う意識を持って、秋に向かって再スタートを切る。
来年の正月は、箱根路で―。中央学院大は昨年の予選会で12位と、苦杯をなめた。節目となる100回大会では、10月の予選会で例年の10校から3校増え、13校が本戦出場権を得る。昨年の結果から見ると“圏内”だが、川崎勇二監督(60)は「特別な舞台にいるのといないのでは、全然違う。『出る』だけが目標ではないですが、どんな形でもなんとしてでも出場する」と、選手を鼓舞し続けている。
復活を期して挑んだ17日の全日本選考会では、アクシデントに見舞われた。最終組に挑んだエース・吉田が体調不良で失速。ゴールにはたどり着いたが、レース中にコースの内側に入ったとして失格。11年連続の伊勢路を逃した。ゴール直後の体温は41度。重度の熱中症だった。監督は「水も(自力で)飲めない状況。(ゴールは)奇跡だと思います」。意識が戻って謝り続けたエースを責めることはなかった。
吉田は1年時の夏に肺気胸を患いながら、半年後の箱根路で2区を担うなど、エースとしてチームを支えてきた。昨秋には1万メートルで27分58秒60を記録。今年の箱根駅伝は2区を見に行き「チームを連れてきてあげられなかった悔しさと同時に、来年は自分がここで走りたいと思った」と決意を固めた。今年2月にはハーフで日本人学生歴代2位となる1時間0分31秒を樹立。選考会後、自身のSNSで「箱根予選会では期待に応えられる走りをする」とリベンジを誓った。
練習では積極的に前に出て、時には遅れている選手の背中を押す吉田。今年2月にコーチ就任した同大学OBの福山良祐氏(42)は「視野を広く持ってチームを見ている。3年生ですが言うことは言いますし、走り以外の面でも存在感は大きいと思います」と舌を巻く。今年のチームは、学年関係なく「言い合える雰囲気」が特徴という。
悔しさを必ず糧にする。吉田は選考会の1週間後から、走り出している。ミーティングも重ね、飯塚達也主将(4年)は「吉田なしでも戦えるチーム作りをしていくべき。箱根予選会1本のために、今から用意していこう」。これまではチームをけん引してきた吉田のために「1人に頼りすぎない」と全員が改めて自覚を持ち直した。
箱根予選会突破のため、全体の練習方針にも変化を加えている。「去年まで前半はトラック以外の練習はしなかった。その影響でトラックの記録は伸びてもハーフの記録は頭打ち。むしろ落ちてきている」と監督。今年からは全員が意図を理解した上でハーフの練習も組み込み、5月の関東インカレでは近田陽路(2年)が5位入賞。「特別ハーフが得意ではないあの子が競り合ってくれた。やっていることは間違いないと、みんな感じたと思います」と確信につながった。
指揮官は「予選会は数字が走るんじゃない。選手が走るんだ、と選手には言っています」と話す。仲間のために一丸で。“立川の試練”を乗り越え、記念大会の箱根路で勝負できるチームに変貌(ぼう)してみせる。(手島 莉子)
◆中央学院大 1966年創部。箱根駅伝は94年に初出場。最高成績は3位(2008年)。出雲駅伝は最高4位(16年)。全日本大学駅伝は最高5位(08、16年)。練習拠点は千葉・我孫子市。駅伝部は選手65人、学生スタッフ3人。タスキの色は紫。主なOBは08年大会9区区間新で金栗杯を受賞した篠藤淳、21年びわ湖毎日マラソン3位の細谷恭平ら。