藤井聡太七冠の師匠はつらいよ 杉本昌隆八段が弟子との日常つづる…哀愁とユーモアあふれる100のエピソード

弟子と一緒にいない時でも「週刊誌の立ち読みは最小限にしています」と師匠としての心得を話す杉本昌隆八段
弟子と一緒にいない時でも「週刊誌の立ち読みは最小限にしています」と師匠としての心得を話す杉本昌隆八段

 1日に史上最年少名人&七冠に到達した将棋の藤井聡太七冠(20)=竜王、名人、王位、叡王、棋王、王将、棋聖=の師匠・杉本昌隆八段(54)がユーモラスにつづる、師匠と弟子の日常。杉本八段の週刊文春の連載を書籍化した「師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常」(文芸春秋、1760円)が発売された。杉本八段は藤井の師匠となったことで「180度生活が変わった」と話す。(瀬戸 花音)

 藤井という棋士が歩む道はまぶしく輝いている。そしてその光は、周囲の人をも照らした。藤井の誕生により、「師匠」と呼ばれることが増えた杉本。活躍しすぎるほどに活躍する弟子を持つ師匠の日常を本家「男はつらいよ」にも負けず劣らずの哀愁とユーモアたっぷりに100個のエピソードをつづっている。「師弟というのは日本の文化であったり、長い歴史を感じる言葉。師匠というのはもっと怖かったり、気難しいイメージを持たれていたと思うのですが、将棋の師弟関係というのはちょっと違う。そういう怖いイメージを払拭(ふっしょく)したいというのもありましたので、エッセーの中で表現できればなと」

 杉本門下の棋士、女流棋士は藤井の他に、斉藤裕也四段、室田伊緒女流二段、中沢沙耶女流二段、今井絢女流1級がいる。杉本の日常の思考の6割以上は弟子について。将棋の師弟関係は、親子の関係と明確な違いがあるという。「将棋の世界では、棋士になるための年齢制限がある。なので、弟子が途中で挫折してしまったり、年齢制限で退会してしまうと師弟関係が引き裂かれるんですよね。そういう意味で、師弟というのは弟子がプロになってくれないと一生の関係にはなれないはかなさがある。プロ入りを目指している弟子を見ていると、この光景がいつまでも続くといいなと思ったりします」

 たくさんの弟子を持つ杉本に自身と似ている弟子はいるかと聞けば、「藤井七冠ではないですね」と即答。それでも、「将棋に限らず、すごく考え込むタイプというところは似ているかもしれない」と続ける。特に、食事のメニューを見て悩むところは似ているという。「少し優柔不断なんじゃないかと思うほど、考えることがある。自分の場合は好きなものがいくつかあって、どれにしようかなって悩むのですが、彼の場合はメニューを本当に隅から隅まで見ている感じがある。彼は食事でも新しい手を探している感じがあるんです。で、やっぱ考えただけある選択をするんですよね。非常に珍しいメニューを頼んでみたり。そこは自分とはちょっと違うけど、考えるという点においては似てるんですよね」

 藤井は修業時代、弟子たちのなかで最年少だった。「手のかからない優秀な弟子」でありながら、「末っ子のようなかわいらしさ」を感じる場面もあった。「たぶん、藤井七冠は年上の人と一緒にいる時のほうが居心地がいいような気がします。弟弟子といる時より兄弟子といる時のほうがリラックスしている感じがあるので、弟キャラなんだと。昔は余ったおやつを巡って弟子同士でじゃんけんをして、藤井七冠が負けて、『しまった、チョキを出すんだったな』とか、すごいどうでもいい感想戦をしたり。かわいらしかったです」

 今、20歳となった弟子。悔しい感情を表に出さなくなった対局姿勢などから、成長を感じている。藤井は嫌いなキノコ類も少しずつ克服しつつあるが、「私から見るとまだまだですね」と杉本は師匠の顔で笑う。「でも、変わってきたのは大事なことなので。いずれ克服するんだろうなという予感はあります。私も昔はワカメが苦手だったのですが、健康にいいかどうかを意識するようになったら好き嫌いがなくなってきた。だから、藤井七冠はまだ健康を気にする年齢じゃないかもしれないけど、健康に意識が向いたら好き嫌いはなくなると思います。いつの日か克服してくれると思います」

 杉本には夢がある。「自分の夢=弟子の夢になってしまうかもしれませんけども。ひとつは藤井七冠に続く一門のプロの弟子を増やすことですね。自分自身で言えば、今も現役なので、ひとつでも勝ち星を多く積み重ねること。そして1年でも多く現役を続けることが目標です」

杉本八段の連載をまとめた「師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常」の書影
杉本八段の連載をまとめた「師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常」の書影

 師匠の「つらさ」と「うれしさ」の割合は? 「8対2くらいでうれしさの方が大きいですね。弟子を持つことによって、自分自身の生活も充実することが分かりましたので、弟子の存在はうれしいことのほうが圧倒的に大きいです」。本のタイトルを覆すような、温かでうれしさと師匠心あふれるほほ笑みを見せた。

 ◆杉本 昌隆(すぎもと・まさたか)1968年11月13日、名古屋市出身。54歳。80年、11歳6級で板谷進九段門下入り。90年10月1日四段に昇段し、プロ入り。2002年5月、第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。19年2月に八段。第77期順位戦9勝1敗で史上4位の年長記録となる50歳でのB級2組昇級を果たす。08年、「NHK将棋講座」の講師を務める。

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