今や大谷翔平、ダルビッシュ有などを多くの投手が決め球として使っているスプリット(フィンガーファストボール)を広め、1980年代以降メジャーを変えたロジャー・クレイグ氏が4日(日本時間5日)に死去とジャイアンツが発表した。93歳だった。
投手としては通算74勝98敗と平凡な記録だったものの1955、59年ドジャース、64年カージナルスでワールドチャンピオンに輝いている。1962年メッツ創設時のメンバーで24敗、22敗と2年連続20敗以上を記録したこともある。
しかし、球界への功績は現役を退いた指導者としての役割が大きかった。パドレスの投手コーチを手始めに1978年にはパドレス監督に就任。79年限りで退任すると、80年にはタイガースの投手コーチに就いた。
そこでジャック・モリスに伝家の宝刀スプリットフィンガーファストボールを伝授し、彼をメジャーを代表する投手(野球殿堂入り)に育て上げ、アストロズでも1986年サイ・ヤング賞となったマイク・スコットを見いだした。
1980年代以降、球界でも多くの投手が決め球として使う“魔球”の創始者として名前を残している。