映画の神様に愛される役所広司の演技力と「人間力」…久しぶりに参加のカンヌ映画祭で男優賞受賞の理由がそこに

スポーツ報知
カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。はにかんだ笑顔を浮かべた役所広司(ロイター)

 44年間の俳優人生のうち、数えるほどでしかないカンヌ国際映画祭参加で最高賞のパルムドールと男優賞を受賞。やはり、この人は映画の神様に心底、愛されている―。そう、感じさせた役所広司(67)の男優賞受賞だった。

 5月27日(日本時間28日未明)、フランス南東部カンヌで行われた世界三大映画祭の一つ・カンヌ映画祭の授賞式でヴィム・ヴェンダース監督の「パーフェクトデイズ」(日本公開日未定)に主演した役所が男優賞に輝いた。2004年、「誰も知らない」(是枝裕和監督)で受賞した柳楽優弥(33)以来、日本人としては19年ぶり2人目の快挙だった。

 東京・渋谷の公共トイレを舞台に寡黙なトイレ清掃員・平山の日常を淡々と描いた作品で俳優としての最高峰の賞を受けた役所は「あたたかい拍手を受けて、お客さんに喜んでもらえて良かったと思いました。やっと、柳楽君に追いついたかな。賞に恥じないように頑張らなければ」―。

 ユーモアをまじえた受賞の言葉にあくまで謙虚な姿勢。その言葉を聞いた時、私の脳裏には元映画担当記者としての、このトップ俳優との27年間の様々な場面が次々と甦っていた。

 初対面は私が映画担当記者になったばかりの96年末の第21回報知映画賞表彰式だった。

 都内の老舗会館の狭い控室にポツンと座っていた主演男優賞俳優は一日張り付くことになった私のあいさつに「あっ、ど~も~。初めまして、役所です」とその場ですっくと立ち上がると、満面の笑みを浮かべた。

 その年、「Shall we ダンス?」「シャブ極道」などの演技で栄冠に輝いた役所は「報知さんから賞をいただいて、映画中心にやっていきたいと思いました。本当に励みになります」と、年下の記者に丁寧な感謝の言葉を続けた。

 そして翌年、カンヌでの最初の歓喜の瞬間がやってきた。

 97年6月の第50回カンヌ映画祭で主演の「うなぎ」(今村昌平監督)が最高賞のパルムドールを受賞。現地で「うなぎ」チームを密着取材した私に役所はメーン会場・ルミエールでの公式上映後、「やっぱり、カンヌは最高ですね」と上気した顔で一言。公式上映とあって記者にも着用が義務づけられているタキシード姿でツーショットで記念撮影。「何か売れない漫才コンビみたいですね」と互いに言いながら笑い合う一幕もあった。

 役所は、すでに帰国していた今村監督に代わり、授賞式にも出席。「私はイマムラではありません」という第一声で観客2000人の爆笑を誘った。フランスからの帰国便も一緒になり、早朝の成田空港到着ロビーで再び遭遇。「おめでとうございます」と駆け寄った私に役所は「中村さんも、これからすごく忙しくなっちゃったね~。頑張ってね」と笑いかけてくれた。

 凱旋(がいせん)帰国後もフィーバーは続いた。同年最大の話題作となった「失楽園」にも主演し、当然のように報知映画賞初の2年連続の主演男優賞に輝いた。

 “報知映画賞男”と言ってもいい役所はその後、「三度目の殺人」と「関ヶ原」で助演男優賞。2年連続の栄冠で通算4度の受賞は史上最多タイ。その他、様々な賞と呼ばれるものを126回(当時)受けた“ギネス級”のトップ俳優の座に君臨してきた。

 映画担当を離れ、すっかりご無沙汰していたトップ俳優と18年ぶりに顔を合わせたのは、18年12月の第43回報知映画賞の表彰式だった。

 「孤狼の血」(白石和彌監督)で主演男優賞に輝いた役所が開会1時間半前に会場入りすると聞いて、午前中の仕事を片づけて駆けつけた私に送りの車を降りた役所は「あっ、ど~も~。久しぶりですね」―。いつも通りのリラックスし切った口調で微笑んだ。

 表彰式直前の控室では、円卓に座った役所にマネジャーの了解を得た上で「役所、カンヌで泣いた」「役所、表彰式でカンヌの顔」などの見出しが躍る96年の「スポーツ報知」紙面の切り抜きに加え、「売れない漫才コンビ」と2人で笑い合ったツーショット写真を見せた。

 「あっ、懐かしいなあ~。これ、あの(カンヌの)日本料理屋ですよね」「俺、(カンヌで)泣いたかなあ~」―。満面の笑みで写真に見入る役所に「いや、泣いてましたよ」と失礼ながら、ツッコミまで入れてしまった。

 隣に座った白石監督に「これ、『うなぎ』の時のカンヌなんですよ~」と、うれしそうに話した役所。そう、この決して偉ぶることのない誰にでもフランクな人柄こそが最大の魅力。それは相手がベテラン監督でも、記者でも、映画の宣伝マンでも全く変わらない。その素顔は時にスキまで感じてしまうほど普通の人のままで、うれしくなった。

 式の大トリとして、黒のスーツで登壇すると、「どうもありがとうございました」と、まずペコリ。そして、「(賞を嫌った助演女優賞の樹木)希林さんと違って、僕はホメられるのが大好きで、いくつになっても大好物と言っても過言ではないくらい、ほめられるのが大好きで。今年も報知映画賞で、ほめていただきまして。映画ファンの皆様、選考委員の皆様、本当にありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。

 スピーチの最後も「しばらくは好きな俳優という仕事をコツコツと、またほめてもらえるように頑張っていきたいと思います。本日は本当にありがとうございました」と感謝の言葉で締めくくった。

 あれから5年、「パーフェクトデイズ」でカンヌの最高峰に立った翌日、役所はこう言った。

 「日々を丁寧に静かに重ねるように生きる。この平山という男を演じるのは、大きな挑戦でした。(男優賞は)とても光栄です。日本の、世界の、映画が少しでも、もっと素晴らしいものになるようにこれからも努力を重ねていきたいと思います」―。

 「挑戦」、「努力」、そして映画をより素晴らしいものにしたいという思い―。

 そう、誰もが認める抜群の演技力は言わずもがな。どこまでも謙虚な人柄に加え、一度会った人を惹きつけずにはいられない抜群の人間力こそが役所の魅力。それは賞を何度受賞しようが、キャリアをどれだけ重ねようが決して変わらない。

 思えば、「うなぎ」が出品された96年のカンヌのコンペ部門にヴェンダース監督は「THE END OF VIOLENCE」という意欲作で参加していた。「うなぎ」で不倫した妻を惨殺、更正し淡々と理髪店を営む男・山下を演じた役所の演技にその時、惚れ込んだのではないかと、私は勝手に想像する。もちろん、「うなぎ」後も「ユリイカ」(00年)、「バベル」(06年)などでカンヌの地を踏み続けた役所の俳優としての確かな歩みも見続けてきただろう。

 あれから26年が経った。「ベルリン・天使の詩」や「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で知られる世界的巨匠は今回の受賞を受けて、こう言った。

 「役所広司は、監督をする者にとって最高の俳優である。彼こそが俳優である。それも最高の俳優だ」―。

 その言葉に心底、納得しつつ、私はこう付け加えたい。「役所広司は人としても、最高だ」―。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆役所 広司(やくしょ・こうじ) 本名・橋本広司。1956年1月1日、長崎県諫早市生まれ。67歳。高校卒業後に上京し、千代田区役所の土木工事課勤務。仲代達矢主演の舞台「どん底」を見て俳優を志し、78年、200倍の倍率を突破して仲代主宰の「無名塾」入塾。80年にNHK「なっちゃんの写真館」でテレビデビュー。83年のNHK大河ドラマ「徳川家康」の織田信長役で注目を集めた。96年公開の映画「Shall We ダンス?」、97年「うなぎ」、18年「孤狼の血」と日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を3度受賞の他、シカゴ国際映画祭主演男優賞など各国の様々な賞を受賞。12年には紫綬褒章を受章。身長179センチ、息子の橋本一郎も俳優。

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