昨年7月に開幕し、無期限ロングラン中の舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」(東京・TBS赤坂ACTシアター)が、他に類を見ない劇場体験で話題を呼んでいる。
世界的大ヒット映画「ハリー・ポッター」シリーズの続編。主人公ハリーの次男・アルバスを中心に、親子の葛藤と愛を描く。2016年に英ロンドンで初演され、世界7番目の上演都市となった東京は、アジア初公演として幕を開け、総観客数が30万人を突破している。
最大の魅力は“ハリポタ”の世界に入り込んだような精巧な舞台美術や、前代未聞の魔法演出の数々。それらを実現可能にしたのが、歌舞伎や現代演劇など幅広い作品で舞台美術を手掛けている金井勇一郎氏だ。本作ではプロダクションマネジャーを任されており「たまたまロンドンの初演を鑑賞していたのですが、数年後に東京公演の話しが来て『あれを日本でできるのかな』と。全てにおいて難易度の高い作業でした」。
劇中では、耳から煙が吹き出し、ほうきが浮き上がるなど、目を奪う魔法演出が繰り出されるが「マジックの仕組みは、演じているキャスト本人と一部のスタッフしか知らない。共演陣も稽古も入ることができず、守秘義務が徹底されている」と明かす。
ホグワーツ魔法魔術学校などを再現する舞台装置は権利元の英国側からの指定で、ミリ単位まで寸法が決まっている。金井氏は「他国の公演では、英国で作られたものを舞台で使用しているのですが、純粋にやってみたいという気持ちもあり、大道具もこっちで作らせてくださいと直談判しました」と職人魂に火がついたという。
大がかりな装置導入のため、専用劇場の同シアターの床を1・2メートル掘り込むなど、約3か月の大規模改修を実施。「赤坂周辺はお堀が多いので、掘ると水が出てきてしまったりもする。こんな大がかりな作業は初めて。東京の前に上演されていたニューヨークなどの製作チームに大道具のサンプリングをみせてもらったり、世界のハリー・ポッターチームと情報交換をしながら、日本のチームも一丸となって作業に当たりました」と振り返る。
世界では2部制で上演されてきたが、東京公演は「コロナ禍でお客さんを長時間拘束できない」などの事情により、1部制(3時間40分)に短縮した。それでも、「劇中で披露されるマジック(魔法演出)は、2部制から1つもカットにはなっていない。大道具は、ベッド1台がカットになっただけ」だという。
中でも苦戦したのが火の演出だ。つえから飛び出す色とりどりの炎は日本で初使用されるもので「消防法の問題で、電話帳2冊分ぐらいの書類を出してもなかなか許可が取れなくて。『開幕を延期するしかない』と覚悟しましたが、東京消防庁の方々の前で実演や実験を繰り返し、初日の前日に許可が下りました」と綱渡りの作業が続いた。
開幕後は妥協のない心躍る演出や、キャストの日替わり出演により、多くのリピート客を生んでいる。英国側も仕上がりを絶賛しているといい、“メイドインジャパン”の底力を世界に証明した金井氏は「まずはハリー・ポッターの作品力が大きいと思います。それに加えて、リアルに役者や製作陣が作品に息を吹き込んだことにより、ここでしかできない劇場体験があると自信を持って言える。観客に若い世代が多いのもうれしいですし、インバウンドの目玉になってくれれば」と更なる盛り上がりに期待を寄せている。(奥津 友希乃)