◆2020年5月31日、第87回日本ダービー(池内雅彦カメラマン)
G1レース優勝ジョッキーがスタンドに向かい一礼する―。この光景を目撃するのは3度目だったが、それは全く違う意味での一礼だった。
2005年秋の天皇賞、松永幹夫騎手(現調教師)がヘヴンリーロマンスの馬上から。12年秋の同賞では、エイシンフラッシュのミルコ・デムーロ騎手がターフに片膝をついて一礼した。両騎手ともスタンドで観戦された天皇・皇后両陛下に向かって敬意を表するものだった。しかし、昨年の日本ダービーをコントレイルで制した福永祐一騎手は、歓声のない東京競馬場のスタンドに静かに頭を下げた。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、スポーツイベントの中止や延期を余儀なくされた昨年。中央競馬は続けられたが、他の競技同様に無観客で開催され、3歳クラシック2冠目を決める日本ダービーも異様な雰囲気で行われた。
例年なら100人近いカメラマンがゴールの瞬間を狙うが、取材規制で1社1人と代表取材数人のカメラマンしか撮影が許されなかった。私は新聞社の代表として内馬場(障害コース撮影台)から撮影できたが、30回以上ダービーを取材してきた中で静寂なレースはもちろん初めての経験だった。
内馬場からは、無人のスタンドをバックにゴールを目指す18頭の雄姿と、敗れた馬がダートコースを戻ってくる様子を撮影できる。例年ならば、大観衆をバックにした勝ち馬のウィニングランも撮影ポイントになるが、優勝したコントレイルは果たして誰もいないスタンドを前にウィニングランをするのか、敗れた馬と一緒にダートコースから戻るか―。その動向に注目した。
コントレイルはゆっくりと芝コースをウィニングランすると、ウィナーズサークルの手前で突然立ち止まった。福永騎手は馬上で無人のスタンドに向かいヘルメットを胸に当て一礼した。
「この一枚だ」。無我夢中でシャッターを切ると同時に、中止せずにレースが行われる感謝とテレビの前で応援してくれた多くのファンに向けての一礼だと確信した。
【2020年6月1日付紙面より】
第87回日本ダービー・G1が5月31日、東京競馬場で行われ、単勝1.4倍の1番人気に推された皐月賞馬コントレイルが5戦無敗で2冠を達成。手綱を執った福永祐一騎手(43)=栗東・フリー=は18年ワグネリアンでの初制覇以来となる2勝目。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、今年2月29日から続く無観客での競馬の祭典は76年ぶりだったが、ウィニングランに続き、無人のスタンドに向かって一礼し、ファンに感謝を伝えた。(年齢は当時)