◆プロボクシング ▽スーパーバンタム級(55・3キロ以下)6回戦 〇那須川天心 (判定) 与那覇勇気●(8日、東京・有明アリーナ)
キックボクシングで42戦無敗の“神童”那須川天心(24)=帝拳=が、プロボクシングデビュー戦を白星で飾った。那須川天心の父で、「TEPPEN GYM」会長の弘幸氏(53)が、スポーツ報知に独占手記を寄せた。5歳で極真空手を始めた天心と二人三脚でキックボクシングを究めてきた。プロボクシングの世界でも頂点を目指す息子へ「本気道」の3文字を贈った。
天心の内容はまだまだでしたけど、それは自分が分かっていると思う。6ラウンドをやった経験は大きいので、次につながるでしょう。もっともっと、帝拳ジムさんに鍛えてもらいます。彼が勉強することは、まだまだたくさんある。この半年ではスタミナ、間合いの取り方、歩くスタイル。そういうのが一番成長して、精神的にも結構大きくなったと思う。この次が変わる時なので、ぜひ見ていてください。
天心は、5歳で極真空手の道場に入れたのが格闘技との出会いです。礼儀を覚えさせたかったのと、彼は幼稚園の入学式でも皆のところに行くのが嫌で職員室で泣いていたり、僕らの姿が見えないと走って逃げ出して連れ戻されるような子でしたから。怖がりといいますかね。幼稚園の最初の大会では負けて、僕の負けず嫌いに火がついてしまった。もうかわいそうなくらい、練習させました。道場で2時間、家に帰ってから大体2時間、多い時は4~5時間。自宅の10畳くらいの部屋を改造して、練習場にして。ぶつかったり、かかとが当たったりして、壁は穴だらけになっていました。
彼は体が小さかったですから、ジュニアの全日本に行くと周りは大きい人ばかり。小学4年までは無差別だったので、大きい人に打たせずに打つ、という感覚がその頃からあって、一緒になって作り上げていった。今も得意なカウンターなどは、まさにそうですね。今の天心があるのは、あの時の経験が生きている。僕は今でも鉄棒で大車輪をしたり、バク転をしたり、運動は何でもできる。遊びの中で習得して感覚で生きてきたので、その部分は天心も受け継いでいるでしょう。
僕は高校時代、サッカーでプロまであと一歩のところでくじけてしまった人間なんです。東京・足立学園高のMFで、同世代には後に日本代表MFとなる北澤豪さん(修徳高)がいました。天心にも最初はサッカーをやらせようと思ったけど、空手になった。だから指導は、内装業の職人をやりながら、格闘技を独学して。本を読んだり、試合を見たりですね。天心と“約束”をしたのは、小学4年の頃だったかな。「世界一、強くしてやるから。その代わりお前、ついてこいよ」と。
キックボクシングでは、42戦無敗を続けて世界王者にもなった。“約束”を守るためにやってきて、武尊戦(22年6月)で僕の役目は終わった。燃え尽きました。キックでできたから、ボクシングでできるかは分からない。でも、クリアした人にしかできない何かがきっとある。僕は、彼が世界をとると思っているし、キック界から来てボクシングでベルトをとれば、ものすごいものが生まれるんじゃないかと思います。
天心は息子ながら、何かを持った人間だなと。たいしたヤツだな、ってふと思うときがあるんです。彼には「天のような大きい心をもって、感謝の気持ちを忘れないでほしい」と思いを込めて、名付けました。周囲への感謝を忘れず、偉業を成し遂げて常識を変えるような選手であり続けてほしい。一戦一戦、絶対に強くなる彼を、一生親父として見守っていきます。(談)