昨年の箱根駅伝5区2位の吉田響が東海大から創価大に転校 新天地で「4代目・山の神」襲名目指す

スポーツ報知
第98回箱根駅伝5区で区間2位と好走した吉田響

 昨年の第98回箱根駅伝5区で区間2位と好走した吉田響(当時1年)が1日、自身のツイッターで東海大から創価大に「転校」したことを明かした。

 「3月31日をもって、東海大学を退学し、4月1日から創価大学に編入し、陸上競技部の一員として競技を続けていくことになりした。(中略)昨年秋からチーム(東海大)と私の間で競技への考え方が一致しない部分もあり、何度も両角(速)先生やチームメートと話し合いを重ねてきました。ですがある時期を境に健康面、精神面が安定しなくなり、退部、退学をせざる得ない状況になってしまいました。(中略)幸い縁があり、創価大学で競技を続けることができるようになりました。諦めかけてた山の神という目標にまた、チャレンジできること、本当にうれしく思います。ご批判もあるかと思いますが、私自身、覚悟を持って今回の決断をしました」などと記した。

 吉田は東海大1年だった昨年の箱根駅伝で山上りの5区に出場。区間賞と11秒差の1時間10分44秒で区間2位と力走し、17位から10位と7人をゴボウ抜きした。

 吉田は2年に進級すると山以外でも成長した姿を見せた。8人の1万メートルの合計タイムで競う昨年6月の全日本大学大学駅伝関東選考会では第1組で積極果敢に攻めて独走して、そのままトップでゴール。東海大の4位通過に貢献した。10人のハーフマラソンの合計タイムで争う箱根駅伝予選会でもチームトップの力走で東海大の9位通過の立役者となった。勝負事に「タラレバ」はないが、もし、吉田が出走していなかったら、東海大は11位で落選していた計算になる。

 吉田は22年度の前半までチームの主力として活躍していたが、その後「チームと競技への考え方が一致しない」ようになり、箱根駅伝の本戦では16人の登録メンバーから外れた。

 その後、吉田は退部と退学を決意。創価大の編入試験を受け、合格した。

 創価大は今年の箱根駅伝8位で4年連続でシード権(10位以内)を獲得。5区には1年生ながら区間13位と踏ん張った野沢悠真がおり、吉田の転校によってチームに厚みが増すことになる。

 上り坂の走りの適性に優れ、粘り強い走りが持ち味の吉田は箱根駅伝5区で大活躍し「山の神」になることを目標に掲げる。東海大と創価大に感謝して心機一転。新天地で「4代目・山の神」の襲名を目指す。

 吉田の投稿は、以下の通り(原文まま)。

 ご報告させていただきます。

 3月31日をもって、東海大学を退学し、4月1日から創価大学に編入し、陸上競技部の一員として競技を続けていくことになりました。

 東海大学には山の神となって、箱根駅伝で優勝をしたいという大きな思いを抱いて入部をしました。

 日頃から練習・食事・睡眠・レース等、全てを箱根駅伝のために費やしてきました。

 ただ、昨年秋からチームと私の間で競技への考え方が一致しない部分もあり、何度も両角先生やチームメートと話し合いを重ねてきました。

 ですがある時期を境に健康面そして精神面が安定しなくなり、退部、退学をせざる得ない状況になってしまいました。

 ふとした瞬間に悲しくなったり理由もなく涙が出たり、イライラしたり、寝たくても寝れないことやご飯が食べれなくなったり。当たり前にできていたことや、コントロールできたことができなくなり不安な日々を過ごしていました。

 それでも箱根駅伝への思いを捨てきれずいたとき、幸い縁があり、創価大学で競技を続けることができるようになりました。

 諦めかけてた山の神という目標にまた、チャレンジできること、本当に嬉しく思います。

 ご批判もあるかと思いますが、私自身、覚悟を持って今回の決断をしました。こんな私でも、応援していただける方が一人でもいれば力になります。

 東海大学の皆さま、2年間支えていただき、本当にありがとうございました。

 創価大学の皆さま、これからよろしくお願いします。

創価大学3年 吉田響

 ◆吉田 響(よしだ・ひびき)2002年8月20日、静岡・御殿場市生まれ。20歳。御殿場市立原里中3年時の18年全国都道府県対抗男子駅伝6区で区間2位。東海大静岡翔洋高2年時の20年全国都道府県対抗男子駅伝5区で区間22位。21年に東海大入学。1年時に箱根駅伝5区で区間2位。自己ベスト記録は5000メートル14分3秒44、1万メートル28分59秒90、ハーフマラソン1時間3分18秒。161センチ、46キロ。

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