【侍ジャパン】村上宗隆の誓い「3年後全試合4番」で世界一連覇へ

スポーツ報知
会見で大会を振り返る村上宗隆(カメラ・堺 恒志)

 WBCで14年ぶり3度目の世界一に輝いたメジャー勢を除く侍ジャパン一行が23日、帰国した。成田空港には約1200人のファンが集結。ヤクルトの村上宗隆内野手(23)は、3年後の次回大会で今回果たせなかった「全試合4番」の目標を掲げた。

 空港での大フィーバーに喜びをかみ締めたのもつかの間。ひと息つく間もなく、村上は次なる戦いでのリベンジを誓った。「3年後も(WBCに)出て、次は全試合4番を打てるように頑張りたい」と今回かなわなかった全試合4番での世界一連覇を宣言した。

 酸いも甘いも味わった初めてのWBCだった。小学6年時の卒業文集に記した「WBCに出て活躍したい」という夢は実現。日本選手最多のシーズン56号を放ち、最年少での3冠王に輝いたツバメの主砲は、日の丸の4番最有力候補として、期待を一身に背負っていた。

 「打ちたい」と願い続けた大役。一度はかなったが短期決戦の国際試合ならではの壁も立ちはだかった。直前の強化試合で6番に一度は降格したが、東京Dで行われた1次ラウンドでは全4試合に「4番・三塁」でスタメン出場。しかし打率1割4分3厘、0本塁打、2打点と鳴りを潜めた。

 そして負けたら終わりの16日のイタリアとの準々決勝。栗山監督の苦渋の決断で4番を外れた。「4番が固まれば、もっといいチームになる。もっとしっかりしないといけないと思った」と調子が上がらない自分自身を悔やんだ。

 それでも救ってくれたのは頼れる“兄貴たち”だった。代わりに4番を担った吉田正は今大会最多の13打点をマーク。自身の不振をカバーしてくれた。精神的にも救われた。11日のチェコ戦で大会初ヒットが飛び出した際には、大谷からダミーの記念球を渡され、もみくちゃにされながら、祝福を受けた。驚異の打力に驚かされっぱなしだった憧れの人から、サプリや筋トレの仕方などを教えてもらうなど吸収したことは数知れず「みなさんに感謝している」と頭を下げた。

 2年ぶりの日本一返り咲きへ、24日からの日本ハム戦3連戦(エスコン)には同行せず、31日の広島との開幕戦(神宮)へ調整する。「さらに目標を高く設定させられる大会になった」。次こそ、真の侍の4番へ―。大きな目標を胸に、背番号55は歩み続ける。(森下 知玲)

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