400年以上の歴史がある歌舞伎の定義とは、一体何なのか? 文化庁が以前出した広報誌には「『歌=音楽』『舞=舞踊』『伎=演技』の三要素が織りなす総合舞台芸術」と書かれている。その意味では現在、東京・豊洲のIHIステージアラウンド東京で上演中の「ファイナルファンタジー(FF)X」(4月12日まで)は、間違いなく「歌舞伎」といえる。
2001年にプレイステーション2用ゲームとして発売された人気シリーズを歌舞伎化。「スピラ」と呼ばれる世界に迷い込んだ主人公・ティーダ(尾上菊之助)が、召喚士のユウナ(中村米吉)と共に、人類の大いなる脅威である「シン」に立ち向かう姿が描かれる。
前編第1幕の冒頭で案内役の23代目オオアカ屋(中村萬太郎)がする観客への問いかけによると、記者が見た日は歌舞伎を見るのが初めてという人が半数以上。それを承知のごとく、最初に「歌舞伎って難しくないんだよ」ということを観客に体験させながら分かりやすく説明をしてくれる。これで、構えることなくすんなり入ることができた人も多かったのではないだろうか。
もちろん、巨大スクリーンを使った映像や、360度全部がステージという劇場の特性を生かした演出など、従来の歌舞伎と異なる点は多い。ただ、「自分は今、歌舞伎を見ているんだな」という感覚を随所で味わうことができた。
名乗りを上げるところでの七五調のセリフや、長唄や鳴物(楽器)による音楽、単なる「アクション」ではない特有の立ち回りなど、様式美にこだわる部分は、まさに歌舞伎そのもの。もっとケレン(大道具などの仕掛けを使って観客を驚かせる演出)に頼る部分があるかと思っていたが、想像以上に「正統派」だった。
個人的に「なるほど」と感じたのは、後編のクライマックスにある召喚獣のシーン。「バハムート」「イフリート」など、ゲームを知っている人であればおなじみの召喚獣が登場する。ぜひ劇場で見てもらいたいので詳細は省くが、歌舞伎をよく知らない人でも「これぞ歌舞伎」と感じるのではないか。
ゲームを題材としたことで一見すると「異色作」とも思えるが、よくよく考えてみれば歌舞伎は非現実を描く作品も多い。尾上松也が演じる敵役のシーモアはグアド族、味方の一人・キマリ(坂東彦三郎)はロンゾ族という異形の者だが、「奥州安達原」の鬼婆(ばば)や「蜘蛛絲梓弦」(くものいとあずさのゆみはり)の蜘蛛の精など、人間でないキャラクターが登場する演目も歌舞伎には珍しくない。
一方で、個人的にはより「歌舞伎らしさ」を強めてもよかったのに…という思いもある。歌舞伎では当たり前の、舞台の上座に長唄が座って芝居が進行するシーンは後半の一部のみ。ユウナの異界送りのシーンを、出囃子(でばやし、長唄や鳴物が舞台後方で演奏すること)で見てみたかった。また、浅葱幕(あさぎまく、舞台を覆った幕を落として一気に見せることで視覚効果を狙うために用いられる)を使った演出などがあっても良かったと思う。
本作は休憩や前編と後編の間の時間も合わせると、9時間というかなりの長丁場の芝居。それでも関係者によると、8割以上の観客が「通し」で観劇をしているという。同劇場は”ラストシーズン”をうたっており、本作が見られるのは今回が最初で最後のチャンス。ぜひ、「シン・歌舞伎体験」を味わってもらいたいのと同時に、本作をきっかけに他の歌舞伎作品にも興味をもってほしい。(高柳 哲人)
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