第168回芥川賞(2022年下半期、日本文学振興会主催)は、佐藤厚志さん(41)の「荒地の家族」(新潮12月号)と井戸川射子さん(35)の「この世の喜びよ」(群像7月号)が受賞した。書店員作家として活動する佐藤さんは震災をテーマにした作品で受賞。「震災を扱う小説を芥川賞のノミネートに挙げてくれたっていうのはすごく意味があること」と話した。(太田 和樹)
芥川賞の影響はやっぱり大きかった。「ノミネートの段階で地元も書店もすごい盛り上げてくれた。運良く受賞に至ったものだから店もお祭り騒ぎで本も品切れたりしています」。そしてこうも言った。「ふらっと本屋に来て震災の本を手に取るっていうのはハードルが高いと思う。震災を扱う小説を芥川賞のノミネートに挙げてくれたっていうのはすごく意味があることだと思います」
佐藤さんの働く書店では受賞後に1500冊を並べたがわずか4日で売り切れ。授賞式や一連の取材などが終わり仙台に帰る時、少しでも在庫を確保しようと新潮社内にある本の在庫を紙袋に詰めて新幹線で店まで運んだ。
書店員としての佐藤さんから見ても「純文学作品でこれだけの反響ってなかなかないと思います」と驚きを隠せない。「本屋が減っていくニュースはありますけど本屋の明るいニュースってないんでね。本屋に来て買ってくれる。その中でも僕の本がきっかけなのはうれしいですね」
受賞作は宮城・亘理町が舞台。震災で仕事道具を失った造園業を営む男性が元の生活を取り戻そうと奮闘する姿を描いた。「中学の同級生で植木職人をやっている人がいるので彼の人生を。中身はフィクションですけど、植木とか道具のこととか。聞きまくりました」。舞台となった亘理町は祖父の家があり、「普段から通うような場所」だという。
小説にどっぷりつかる転機となったのは中学2年のころ。当時バレーボール部に所属していたが「命令されるのが苦手で先生にやれっていわれたことができない。僕が性格が悪いせいでクビになりました」。学校のルールでは必ず何かの部に入らなければならなかったため「美術が好きだったから」と今度は美術部に入部。「入ったはいいものの皆本気で描いている人ばっかり。『どこにも居場所ないじゃん』みたいな」。クラスの友人とは仲良くやれていたもののクラス外の居場所に苦労。そんな時に癒やしとなったのが小説だった。「家でも授業中でも教科書に隠してとか。物語に浸っている時は夢中になれるのでその間に現実を忘れるとか、嫌なこととかね」
東北学院大卒業後、就職がうまくいかずフリーで雑誌のライターを務めた。その後も職を転々とし、革靴の販売員を務めた。おかげで、「革靴じゃないと足が許さなくなっちゃっています。スニーカーとかサンダルの方が疲れちゃいますね」。
6足の革靴をローテーションして履き、1年ほどかけて足になじませた。「こだわって時間をかけて作った物が好き。革靴とか作っている職人とか、人間が時間と労力をかけて作ったものがすごく好きです。(受賞作の)『荒地の家族』も職人が主人公ですけど人間が何か技術を持って何かを作るっていうことに熱い思いを感じます」と熱く語る。
小説も、作者が時間をかけて作品にこだわりを詰め込む。「職人には前の時代の人が受け継いで今たまたま自分がそれをやってまた次の人が受け継いでいくイメージがあって。職人はもちろん技術を受け継いでいく。小説もそういうところも結構あるかな、みたいな。前の人の時代の作品を読んで自分の作品に反映する。また、その作品を読んで次の人が反映していく。そういうものなのかなって思います」
◆佐藤 厚志(さとう・あつし)1982年2月9日、宮城・仙台市生まれ。41歳。東北学院大文学部卒。35歳の時、「蛇沼」で小説家デビューし新潮新人賞を受賞した。2010年9月から仙台市にある丸善仙台アエル店で勤務。担当は雑誌。