【侍ジャパン】大谷翔平と花巻東の同級生・小原大樹さん「覚醒した翔平」のWBC制覇を熱望「極限状態にギアが入る」

スポーツ報知
小原さん(左)が慶大時代に大谷と(小原さん提供)

 3月に開幕する第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に、エンゼルスの大谷翔平選手(28)が出場する。花巻東で大谷翔平(現エンゼルス)の同級生だった小原大樹さん(28)は、高校時代は大谷に次いで2番手投手。高校卒業後も大谷と交流を続けてきた小原さんに思いを聞いた。(取材・構成=高橋 宏磁)

  小4から野球を始めた小原さん。リトルリーグの上田バンビーズに所属し、大谷はライバルチームである水沢リトルでプレーしていた。まず「打者・大谷」と対戦した時に衝撃を受けたという。

 「中学校1年の時ですかね。対戦したのは県大会の1回戦だったと思います。『勝負はするな』という指令だったので、四球を出すために右打者の頭ぐらいに投げた。それをライト(右翼席)に運ばれました。しかも右手1本でホームラン。ライトの選手もビックリして、一歩も動けなかったと記憶してます」

 大谷も花巻東に入学するという事実を知ったのは、試験会場だった。

 「入試会場で彼も花巻東に入学することを知った。僕としたら(菊池)雄星さんのような左のエースになるという夢を持っていたんですが、これは無理かなと思いましたね。でも、入学が決まってからはワクワクしました。大谷と同じチームで野球ができるんだ、と。同じ釜の飯を食べて、同じチームで野球ができて、本当に良かったなと思います」

 高校時代はバッティングにこだわりを持っていた印象があるという。

 「バッティングに関しては細かかった。ティーバッティングの時から、グリップの位置もこだわっていた。ティーバッティングも何種類もやっていましたし。体づくりもこだわっていましたけど、ピッチングは大ざっぱな印象です。変化球が投げられなくて、『カーブどうやって投げてるの』と(大谷から)聞かれたぐらいですからね。高校時代は自分自身の身体能力に、頭が追いついていなかったのだと思います。投球でボールをコントロールすることとかは苦手だったと思います」

 1月に都内で行われた侍ジャパンメンバー先行発表会見の模様をテレビで見た際、その表情を見て感じることがあったという。

 「栗山(英樹)監督と一緒に出席した会見を見た時は、久しぶりにああいう感じの顔を見た気がしました。高校の時のような感じ。目つきがガチ(真剣)だなと思いました。当時の同級生に、その話をしたら『分かる』となりました。高校の時は、背負えるはずがないのに全員で『岩手のために戦う』と語っていました。本気なんだな、と思いました。言葉は少なかったですけど、本気で勝ちにいくんだという感じがしました。怖さすら感じました。誰かのために戦う感じですよね。それを見届けたいと思いました」

 WBCでは「クローザー・大谷」が見たいという。

 「高校時代、翔平が初めて160キロを出したのが、(12年夏の岩手大会)準決勝の一関学院戦でした。極限状態になって色々なものを背負った時に、ギアが入るというか。先発でもギアを入れる時がありますが、であれば、最初からギアがトップに入っているのが一番かもしれない。そのゲームの全てを背負って、ギアが入って覚醒した翔平が見たいです」

 期待するのは、もちろん日本の優勝だ。

 「日本の野球が世界一だということを証明してほしいです。そういう状況の中でも、楽しんでほしいです。もはや一ファンになってきてますね。この1、2年で彼が本当に化け物だったというのが確信に変わって。自分から『翔平の同級生』だと発信することはありませんが、誇りですね」

 ◆小原 大樹(おばら・だいき)1994年9月9日、岩手県生まれ。28歳。小4から、上田バンビーズで野球を始める。花巻東では2番手投手。慶大、日本製紙石巻、四国アイランドリーグplusの徳島でプレーした後、20年に現役を引退。21年春、岩手めんこいテレビに就職し現在は営業部で勤務。系列局であるフジテレビの番組「S―PARK」の取材で、メジャーリーグのオールスター戦を現地で観戦したことも。昨年は現地でゲスト解説も務めた。

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