武藤敬司、コロナ禍で活動停止となった「W―1」…連載「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」〈34〉

スポーツ報知
「W―1」最後の興行でバトルロイヤルをカズ・ハヤシ(背中姿・右)と見つめる武藤敬司(2020年4月1日)

 プロレス界のスーパースター武藤敬司(60)が2月21日に東京ドームでの内藤哲也戦で引退する。新日本プロレスに入門した1984年10月5日のデビューから全日本プロレス、WRESTLE―1、プロレスリング・ノアと渡り歩き常にトップを驀進したカリスマ。さらに化身のグレート・ムタでは全米でトップヒールを極めるなど世界で絶大な人気を獲得した。スポーツ報知では38年4か月に及ぶプロレス人生を「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」と題し1月14日から連載中。34回目は、活動停止となった「W―1」。また、報知では18日にオールカラー20ページと特大ポスターが付いたタブロイド新聞「武藤敬司 引退特別号」(税込み480円)を発売します。(取材・構成 福留 崇広)

 武藤が設立した新団体「WRESTLE―1」は2013年9月8日に東京ドームシティホールで旗揚げ戦を行ったが、2020年3月いっぱいで無期限の活動停止となった。

 「W―1」では15年10月にプロレスラーを養成する「プロレス総合学院」を設立し男女で新たな選手を輩出するなど、マット界に貢献した。一方で経営面で武藤は、17年3月に武藤が会長となりカズ・ハヤシが社長に就任しリング上と同じように一歩引いた形で団体の運営に携わった。

 発表は「無期限の活動停止」も実態は「解散」だった。最後の興行は20年4月1日、後楽園ホールだったが、新型コロナウイルス禍で無観客での開催を余儀なくされた。メインイベントの8人タッグマッチで武藤は、カズ・ハヤシ、近藤修司、河野真幸と組んで稲葉大樹、土肥孝司、芦野祥太郎、羆嵐と対戦。武藤は、フラッシングエルボー、シャイニングウイザード、足4の字固めなど必殺技を惜しげもなく披露したが、試合は羆嵐がカズをフォール。その後、カズの提案でサプライズでバトルロイヤルを実施し団体としての活動に終止符を打った。

 最後の「W―1」で武藤と対戦した稲葉は、「武藤全日本」時代の12年に全日本に入門し、旗揚げから「W―1」に参戦した。16年8月には「W―1」王座を初奪取するなど次代を期待される成長株として活躍した。団体解散後の20年7月からプロレスリング・ノアに参戦。今年2月12日の大阪大会でマサ北宮とのタッグで杉浦貴、小島聡を破りGHCタッグを初めて獲得した。今、稲葉は武藤と共に過ごした「W―1」時代を「僕にとってなくてはならない時代です。あの時がなければ今の自分はありません。様々な経験をして成長できた思っていますし、そういう意味で感謝しかありません」と振り返る。

 稲葉も前回で触れた征矢学のように「nWo」時代の武藤をテレビで見てプロレスラーを志した。レスラーとなり「W―1」で間近にプロレスラー武藤を体感した。

 「武藤さんは、入場から引きつける“何か”がありました。試合はもちろんですが、そこから勉強になりました。お客さんは常に武藤さんだけをずっと見ているんです。その引きつける力がすごいと感じました。その“何か”が経験なのか、持って生まれたものなのかは、分かりませんが、間近で体感したことは自分にとって貴重な経験でした」

 稲葉は武藤から学んだことをこう表現した。

 「それは、風格です。言葉じゃなくて見ているだけで人は“この人、違うな”と感じさせ、誰もが引きつけられる。そういう力を持っていないと上にはいけないんで、自分にとって最高の目標になりました」

 武藤は、全日本プロレス、そしてW―1でも社長を務めながら経営面では軌道に乗せることはできなかった。これは、様々なメディアで自身は経営の才能はないと明かしているが、武藤社長の下でこの両団体に所属した征矢学は、「社長・武藤敬司」をこう表現した。

 「自分自身、武藤さんに社長のイメージはないんです。武藤さんは、社長でもなくて“武藤敬司”という役職なんです」

 そして稲葉と同じように征矢も「プロレスラー武藤敬司」の光が自らを成長させたという。

 「常に圧倒的なオーラが武藤さんにはある。そこはずば抜けたものがあります。対戦した時は、その光に負けないように気を張って常に挑んでいました。そうやってかき立てられたことが自分を育てていただいた思いがあります」」

 2020年4月1日。後楽園で最後の「W―1」での興行を終えた武藤はこう発言した。

 「レッスルワンはいったん、活動休止するけどプロレスは永遠に不滅だから、みんなレッスルワンの経験をカテにして、自信を持って、またいつかどこのリングになるか分からないけど出会うことができたらいいね」

 そして自分自身への決意を明かした。

 「今のこの時点なら通過点だよ。不安はいっぱいだけど許される限り自分の身を磨くことをしていこうかなと思っています」

 W―1を終え、武藤がたどり着いたリングは「プロレスリング・ノア」だった。

(続く)

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