これもプロレスの醍醐味なのか。オカダ・カズチカ(35)に気持ち良くだまされた。そして、ついに実現する大一番を楽しみにする一方で、そのコンディションが心底、心配になった。
12日、大阪府立体育会館で行われたプロレスリング・ノア大阪大会に新日本プロレスのIWGP世界ヘビー級王者オカダが乱入。GHCヘビー級王座を防衛したばかりの清宮海斗(25)をレインメーカーでKOしてしまった。
ラフな普段着でリングに駆け上がったオカダの姿に私は心底、「あっ!?」と驚かされた。清宮戦はすっかり消滅したと思い込んでいたから―。
21日に東京ドームで行われる武藤敬司(60)の引退興行のセミファイナルで一騎打ちする両団体最高峰のベルト保持者2人だが、ここに至るまでの3週間は、まさに大河ドラマのような急展開の連続だった。
発端は1月21日にさかのぼる。横浜アリーナで行われた新日ノアの対抗戦でのタッグマッチで清宮が背後からの顔面蹴りでオカダを流血させたことから大乱闘に発展。清宮がシングルでの対戦を要求。翌22日のノア横浜アリーナ大会でのグレート・ムタラストマッチで2・21での一騎打ちがノアから発表されていた。
オカダはこの一方的にも見える発表に猛反発。まず、発表当日、新日・愛知県体育館大会のセミファイナルで行われた8人タッグマッチの試合後のバックステージで清宮戦について聞かれると、「やりません。はい。会社から何も言われてないですし」ときっぱり。
10歳年下の清宮から連日、SNS上で「ビビってんのか!」と挑発されても徹底無視。今月10日、鷹木信悟(40)の挑戦を受けたIWGP世界ヘビー級初防衛戦の調印式でも「僕が(東京ドームに)行かないからって僕のせいじゃないし、それはノアさんと、会社(新日)が決めたことだと思うんで」と厳しい口調で言うと、「行かないと僕が責められるっていうのもおかしな話だと思いますし、そこは会社として…、まぁ、発表があるんじゃないかと思います」と事実上、出場拒否の姿勢を示した。
とどめは鷹木を32分07秒の激闘の末、撃破。試合後のリング上で現地時間18日(日本時間19日)に行われる米サンノゼ大会でのV3戦の相手に棚橋弘至(46)を指名した後のバックステージでの発言だった。
「サンノゼの次ですか? サンノゼの次は休みます。まあ、好きにしてくださいよ。あの子(清宮)は今日の試合を見た方がよかった。これがプロレスですよ。こんなプロレスができるんだったら、どうぞやってください。オレのいないところでやってください。見てないし」と清宮を「あの子」呼ばわりして言い切ると、「正直、その件に関しては、けりはついてます。明日、発表になると思うので、明日、楽しみにしてもらって。ちゃんとアナウンスがされると思います」と、12日のノアの大阪大会、もしくは新日から何らかの発表があることを示唆した。
ところが、12日、清宮がジャック・モリス(29)の挑戦を退けてV4に成功した試合後のノアのリングにオカダは突如、現れたのだった。
声を出しての応援が解禁されたノア・ファンからの「帰れ!」コールが巻き起こる中、「いつでも帰っていいけど、ビビってるわけねえだろ。逃げるわけねえだろ、コノヤロー」と叫び返したオカダ。
「おい、清宮、試合したいんだったら、『オカダさん、試合して下さい。よろしくお願いします』だろ、コノヤロー! 東京ドーム、やってやるよ!」と対戦を一転、受諾した。
倒れ伏した清宮に「おまえには興味がないんだよ。俺がむかつくのはさ、ノア・ファンがうるせえんだよ。ビビるな? 逃げんじぇねえ? (アントニオ)猪木さんがどう言ってるだの、面白くないねえ」と尊敬する新日の創設者・猪木さんが「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」と言い続けたことと比較しての清宮戦への自身の姿勢を揶揄(やゆ)したノア・ファンへの怒りまで表明した。
さらにブーイングが巻き起こると、「いいね~。もっと、ちょうだいよ。おまえらの悪は俺の中では正義なんだよ。どんどん、なんとでも好きに言って下さい。おまえらに絶望を味合わせてやるからな」と豪語すると、花道を堂々と歩き、入場ゲートでレインメーカーポーズも決めて見せた。
まるで、11年前の凱旋帰国で当時の絶対王者・棚橋を一蹴。マット界に「レインメーカーショック」を起こした時を彷彿とさせる“黒い”オカダの復活。さらに挑発的なマイクで観客を煽(あお)る姿に、私は大きな興奮を覚えたが、一方で一抹の不安も感じた。
前述のように、オカダは日本時間19日のサンノゼ大会のメインイベントに登場。米国を往復した上で過去の名勝負の数々から見ても激戦必至の棚橋戦をクリアした上で、わずか中1日で東京ドームでの清宮戦に臨むことになるのだ。
常に「プロレスラーは超人ですから」と口にするオカダだが、今回の日程だけは、はっきり言って殺人的だ。過去、新日真夏の最強決定戦「G1クライマックス」で、ブロック勝ち抜けをかけた最終戦の翌日に優勝決定戦という2日連続のシングル戦の経験も持つオカダだが、今回は時差ボケや飛行機での長時間の移動というハンディも抱えての一戦となる。
何より怖いのが故障だ。17年8月、私はオカダに90分間にわたる単独インタビューを行った。当時の新日は、本間朋晃(46)が中心性頸椎損傷、柴田勝頼(43)が硬膜下血腫と、スター選手がリング上で負った大ケガで次々と離脱する状況にあった。
「新日の戦いが先鋭化し過ぎていて、激闘の連続が主力選手の大ケガを招いているのでは?」と聞いた私にオカダは「激闘? 全然、平気です。チャンピオンの使命だと思います。誰でもチャンピオンを倒せば話題になる。チャンスをもらえる。(相手が)頑張ってくるのは当たり前ですし、僕も相手の強さを引き出すなんて思っていないけど―」と言い切ると、「最近、プロレスが激しくなったと言われますけど、昔から激しいんですよ。激しく見える派手な技が増えただけで。僕が棚橋さんとやっていた時、激しくなかったかと言えば、全然、激しかったですし。試合時間も長くなってますけど、短かったら、ケガしないかと言えば、ケガしますし」と続けた。
その上で「でも、そういう戦いができるからチャンピオンなんでしょうね。正直、プロレスって危険じゃないことってない。蹴ることでも頭ぶつけちゃったら、もしかしたら危ないし」と率直に話すと、「僕は大丈夫ですから。怖さ? 全然ない。考えていたら戦えないと思いますし。豪快で派手な技も、僕が強いから(相手が)何とかダメージ与えようとやってくるのは当たり前。僕がそれを精一杯、防げばいいだけで。僕もそんな超危険な技を食らって立ち上がる余裕もないですからね」とも、こちらの目をじっと見つめて答えてくれた。
当時と変わらない新日の看板を背負っているという「チャンピオンとしての覚悟」が今回のハード過ぎる日程での清宮戦受諾につながったと私は見る。
一義的には、世紀のスーパースター・武藤の引退興行に各団体のトップスターが顔をそろえることには意義があると、私だって思う。だが、もう一つの目的である大箱・東京ドームを埋める集客のために「プロレス界の宝」とも言えるオカダにここまでのキツい日程を強いる新日、ノアの両団体には怒りまで覚える。
逆に言えば、1年前の新日・ノアでの号泣劇からオカダ戦を熱望し続け、掟破りの顔面蹴りまで繰り出して一騎打ち実現にこぎ着けた「ノアの未来」清宮にも、ハンディを抱えたオカダに敗れた場合、若き王者としての商品価値の下落というリスクがある。
もっと言えば、一プロレスファンとしての私にはオカダVS清宮戦はもっと大舞台でのメインイベント、例えば1・4東京ドームのメインで、清宮がさらに成熟した後に見たかったという思いもある。
だが、そんな外野の思いも、オカダのチャンピオンとしての強い責任感と清宮の熱い下克上への思いの前には、ただの戯言(たわごと)かも知れない。
今、望むことは一つだけ。武藤VS内藤哲也の引退マッチの前に行われるオカダVS清宮の頂上決戦が歴史に残る名勝負になることを祈るだけだ。もちろん、ケガもなく―。(記者コラム・中村 健吾)