谷川浩司十七世名人、名人最年少記録「藤井聡太五冠に破られてもとても光栄なこと」…「複雑な気持ち」から心境変化

スポーツ報知
「対局中に羽生さんの『あ、そうか』を初めて聞いた時はドキッとしました」と話す谷川浩司十七世名人(カメラ・泉 貫太)

 棋士の谷川浩司十七世名人(60)の「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」(講談社、990円)は、藤井聡太五冠(20)=竜王、王位、叡王、王将、棋聖=の今と、これからを分析している。現在、名人の最年少記録を保持している谷川は、藤井に記録を破られる可能性があることについて「とても光栄なことなんじゃないかなという思いに変わってきました」という。(瀬戸 花音)

 弱冠二十歳の青年が、次々と最年少記録を塗り替えている。プロ入りから始まり、初タイトル獲得、そして五冠。次に見えてくるのは、史上最年少名人だ。

 22年3月9日、藤井が順位戦最上位クラスであるA級への昇級を決めた。19歳7か月は史上2番目の年少記録。快挙に将棋ファンやマスコミが沸く中、谷川は複雑な思いを抱えていた。谷川が持つ21歳2か月の名人最年少記録を藤井が破る可能性が出てきたからだ。

 「最年少での公式戦1000勝は07年に羽生(善治)さんに破られてしまっていましたし、これまでの私のいろんな記録というのは、すでに破られてしまっています。ですから、残っているものは最年少名人だけ。なので、やはり複雑な気分ではありました」

 1983年6月15日午後10時32分。第41期名人戦第6局で加藤一二三名人(当時)が投了した。谷川の初タイトル獲得は、史上最年少の名人の誕生でもあった。最後の一手を指す谷川の手は震えていた。対局室に報道陣がなだれ込んできた後からは、「あまり覚えていない」というが、忘れられない光景もある。

 「感想戦が終わってから記者会見、打ち上げがあって、寝たのは何時だったのかな。でも次の日も早朝から取材があったんです。朝の(対局会場があった)箱根は雨が降ってました。箱根から自宅にタクシーで帰って、自宅の前で降りた時に近所の方が大勢で迎えてくださって、拍手していただいたことはよく覚えていますね」

 初タイトルだった当時の谷川と現在五冠の藤井の状況については「比較にならない」と謙遜するが、盤上を見つめる棋士として藤井と考えを重ねることもある。21年の竜王戦第4局。豊島将之九段と藤井は、終盤になっても結論が出ない難解な局面にぶつかっていた。藤井も豊島も対局後、勝敗を超えて対局をもっと続けたかったというような思いを口にしている。

 「そうですねえ…。私も羽生さんと対局した時に、こちらが悪い手を指すとなんかつまらなそうな顔をされることがありました(笑い)。優劣不明の中終盤がずっと続いている時は『やっぱり自分は将棋の棋士なんだな』と、ふと思うことはあります。勝負でありながら、ひとつには将棋の真理を追究していくということも棋士の務めとしてあるわけです」

 現在、藤井はA級順位戦の他に、王将戦と棋王戦という2つのタイトルを並行して戦っている。王将戦は唯一、七冠を制覇したことのある羽生との戦い。平成のレジェンド対令和の王者の世紀の一戦は、多くの注目を集めている。棋士でも、どちらかに思い入れが強くなるようなことはあるのだろうか。谷川は「どうなんでしょう」と静かに笑い、続けた。

 「まあ、羽生さんの強さを一番分かっているのは、私ですとか佐藤康光さんあたりだと思うんです。それで、藤井さんに対して20代、30代のトップ棋士がタイトル戦でなかなか勝てないということになると…。『羽生さんなら何とかしてくれるんじゃないかな』というような気持ちは持ってますかねえ。羽生さんと数多く戦った人はそう思っているのかなと思います」

 谷川は21年に「藤井聡太論」を出版してから、わずか2年足らずで2冊目の藤井に関する書籍を出版した。その早さの理由は「藤井さんの進化成長が予想をはるかに超えるものがあった」から。「ほとんどの棋士はどこかで壁に当たるんですが、彼の場合はそれがない。タイトル戦で勝ち続け、そこできちんと自分自身の課題を見つけて、また強くなるということをずっと続けているんです。それに、現段階でも互角に戦える人がいるかちょっとクエスチョンなのに、まだ二十歳。あと5年くらいは強くなると思います」

 藤井は現在、A級順位戦で6勝2敗。広瀬章人八段と並び、首位を走っている。運命の最終戦は3月2日に行われる。7月生まれの藤井が名人最年少記録を更新するチャンスは今期だけだ。「これだけ実力、実績、人気があり、将棋界をすでに背負っている藤井さんに記録を破られても、それはとても光栄なことなんじゃないかなという思いに少し変わってきましたね」。十七世名人は、そう言って柔和に笑った。

 ◆谷川 浩司(たにがわ・こうじ)1962年4月6日、神戸市生まれ。60歳。若松政和八段門下。76年、加藤一二三に次ぐ史上2人目の中学生棋士に。83年、史上最年少の21歳で名人のタイトルを獲得。97年、名人5期獲得で十七世名人資格保持者となる。通算獲得タイトルは歴代5位の27期。最速の詰みを目指す棋風は「光速の寄せ」と称される。2012~17年、日本将棋連盟会長。14年、紫綬褒章受章。22年、十七世名人(永世名人)襲位。

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