情の人・野村克也さんが大一番を前に伝えた言葉「ベンチを外れた選手がいるんだよ」…後任監督が明かす快進撃の裏側

野村克也さんからシダックス監督を継承した昭和第一学園の田中善則監督(カメラ・加藤弘士)
野村克也さんからシダックス監督を継承した昭和第一学園の田中善則監督(カメラ・加藤弘士)

 野村克也さんが天国へ旅立って、きょう2月11日で3年になる。

 私は野村さんがシダックスのGM兼監督を務めた2003年からの3年間と、楽天最終年となる2009年の計4年間、番記者を務めた。

 あの日からきょうまで、監督を思い出さない日はない。今でも常に誰かと監督の想い出を語り合っている。その間、心の中で、確かに野村さんは生きている。

 「お前ら、また俺の悪口で盛り上がっているのか」

 そんな声が聞こえてきそうだ。

* * *

 「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」

 生前の口癖だった。プロ球界を見渡せば12球団の監督のうち、4人がその薫陶を受けている。そしてアマチュア球界にもその教えは、愛弟子たちによって継承されている。

 東京・立川市内の昭和第一学園を率いる田中善則監督(55)もその一人である。野村さんが2005年秋、シダックス監督を辞任して楽天の指揮官に就任した際、後任に指名した男だ。

 胸に残る野村さんの言葉を挙げてもらった。

* * *

◇「本音で付き合おう」

 野村監督がシダックスの監督に就任された頃、僕は新米のコーチでした。マンツーマンの時に「本音で付き合おうや」と言われ、「ハイッ」って答えたんです。今思うと。とんでもない言葉ですよね(笑)。

 野村監督自身が、思ったことをどんどん言う人。だから僕にも遠慮せずに何でも話してくれ、聞いてくれということだったんでしょう。僕も江戸っ子なんで、気にせずに何でも聞きました。「なんで新庄にピッチャーをやらせたんですか?」と聞いた時には、「あいつは凄い選手なんだけど、その良さを本人が気づいていないんだよ。投手をやればそれに気づくと思ったんだ」と話していました。

 「監督は気づかせ屋」とよく話していましたけど、本当にマウンドへ立たせちゃうのが、凄いですよね。

 当時の野村監督と僕とでは、全然立場が違うのに、「本音で付き合おう」と言ってくれた。きっとチームを本気で強くさせたかったのでしょう。腹が太い方だなと、あらためて思います。

◇「お前はカラオケやらんのか?」

 野村監督が就任直後、ENEOSとのオープン戦の試合前ノックが終わった時だったと記憶しています。ベンチに戻ると、監督が怒っている。そして、僕に聞くんです。

 「お前はカラオケやらんのか?」って。

 「やります。歌は好きです」と答えました。変なことを聞くなあと思いながら。

 すると、こう言われたんです。

 「だったらお前、もっと大きな声が出るやろ! もっともっと、元気出してやらんか!」と。

 僕は元気よくやっているつもりだったんですけど、監督の眼には物足りなく見えたのかもしれません。

 今ではその意味がよく分かります。戦いにはムードが大切で、それも一つの戦力になる。元気や活気、集中力に根気…そういった「無形の力」はどれだけ鍛えても限界がない。まずはそういう部分で相手を上回っていかないと、強い集団は作れないぞ、と。

 野村監督といえば「ID野球」が代名詞ですが、こういった気持ちの部分も大切にされるリーダーでした。それを「声を出せ!」じゃなくて、「カラオケやらんのか?」とユーモアにあふれる独特の言い方で聞いてくるのが、凄いですよね。

 実際、それからシダックスはめちゃくちゃ声の出るチームになっていきました。カラオケ事業を営む会社のチームが、静かなままではかっこつかないですから。

◇「ベンチを外れた選手がいるんだよ」

 野村監督が就任1年目、初めて臨んだ2003年の都市対抗1回戦、トヨタ自動車戦でのことでした。東京ドームが満員になって、いざ勝負だという試合前に、選手を集めてこんな話をしたんです。

 「これから試合だけど、チームの中にはベンチを外れた選手がいるんだよ。その選手のこともちょっと気に留めながら、試合に臨んで欲しい」と。

 都市対抗には補強選手制度があるので、同じエリアで出場できなかったライバルチームの精鋭が加わるんです。その分、自チームからはベンチに入れない選手が出てきます。

 その選手の分まで、試合に出る人間は頑張ってくれって。これにはグッときました。大一番の前にこんな人情味にあふれた熱い言葉をかけてくれるんだって。

 その年は決勝で三菱ふそう川崎に負けて準優勝でしたが、快進撃の裏側には、そんな「言葉の魔法」もあったと思います。一生、忘れられない言葉です。

* * *

 言葉で信頼関係を強固にしていく。言葉で部下の行動を変え、言葉でハートに火をつけていく。

 田中監督は野村さんのそんな言葉を今、青春まっただ中の選手たちに伝えている。

 人はいつかは必ず死ぬ。それでも言葉は永遠に遺る。

 息吹あふれる言葉の数々を思い出すたびに、野村克也は今もなお、生きている。

 心の中でいつまでも、月見草は枯れない。(編集委員・加藤弘士)

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