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第99回箱根駅伝(1月2、3日)で、関東学生連合の1区を担った育英大の新田颯(はやて、4年)はスタート直後に飛び出し、一時は後続に約450メートルの大差をつける独走を演じた。鶴見中継所手前で2選手に抜かれたが、区間3位相当の大健闘。駅伝ファンに強烈なインパクトを残し、初出場を目指すチームには「僕たちもできる」と自信という財産を残した。激闘から約1か月。育英大のヒーローと、ヒーローに続く後輩たちが箱根史に残る“大逃走劇”について改めて語った。
颯のように現れて、颯のように駆け抜けた。関東学生連合の主将で1区を任された育英大の新田颯は、その名の通りの快走を見せた。スタートから300メートルでトップに立つと、慎重な他校のランナーたちを置き去りにして独走態勢を築いた。
5キロで55秒差。10キロでは1分20秒差。距離にして450メートルも後続を突き放した。関東学生連合はオープン参加のため、正式な順位はつかないが“幻の区間賞”が現実味を帯びた。
15キロ以降、差が詰まり、残り1キロで区間賞を獲得した明大の富田峻平(4年)に、残り300メートルで駒大の円健介(4年)に抜かれた。“幻の区間賞”は、まさに幻となったが、それでも、堂々の区間3位相当で鶴見中継所に飛び込んだ。
「第99回箱根駅伝は99点の出来でした。足りない1点は区間賞が取れなかったので」。2023年新春の箱根路をいきなり沸かせた新田は爽やかな表情で1か月前の激走を振り返った。
2年前の第97回大会で新田は関東学生連合の9区に登録されていた。しかし、当日変更で駿河台大の町田康誠(当時2年、現4年)と交代。出番は消えた。大会のルールで関東学生連合としての出場は1回だけ。2年時に走ることができなかった悔しさを力に変えたことで、4年目に再びビッグチャンスが巡ってきた。
憧れの箱根路に向けて、新田は入念に戦うイメージをつくっていた。
レースに向けて調整は万全。「心も体も研ぎ澄まされていました。ハイペースでも、スローペースでも、どんなレース展開になっても対応できる自信がありました」ときっぱり話す。
「昨年のようにハイペースになることも覚悟していました。その時は先頭集団に食らいつき、ひたすらに耐えるつもりでした。スローペースになることも想定していました。その時は自分が先頭で引っ張るつもりでした。実はスローペースになるという予感の方が強かったんです。イメージした通りの展開になったので、独走になっても、気持ちが浮つくことなく走ることができました」。新田は快走の理由を冷静に明かした。
1月2日の午前8時。新田が独走を始めた後、周囲では異変が起きた。
2018年に群馬・高崎市に開学したばかりで全国的な知名度が低かった育英大への興味が高まった。育英大の公式サイトにアクセスが集中して、つながりにくくなるほどだった。「恩返しとして、育英大を宣伝しようという気持ちもありました」。ここでも新田の狙いが当たった。
駅伝ファンに強烈なインパクトを残した新田は、箱根駅伝初出場を目指す新興チームには大きな財産を残した。
島津秀一監督(56)は「後輩たちは、一緒に練習をしていた新田が箱根駅伝で、あれほどの活躍をしたことで『自分たちもやればできる』と思ってくれた。チームの雰囲気は確実に変わりました」と明かす。日体大出身の島津監督は箱根駅伝に3回出場し、4年時には5区で区間賞を獲得した経験を持つ。これまでも箱根駅伝の醍醐(だいご)味や魅力を選手に伝えてきたが、新田の姿は、より後輩たちに響いた。
昨年10月の箱根駅伝予選会でチーム3位だった染谷雄輝(1年)は「新田さんの走りは5キロ地点で見ました。身近な先輩が独走している姿を見て、本当に刺激になりました。自分も新田さんのようになりたい。チームとして箱根駅伝に出場したい。そういう気持ちが強くなりました」と目を輝かせて話す。
次年度、最上級としてチームを率いる立場となる水谷耀介(3年)は「新田さんは選手寮で同部屋でした。特に尊敬する先輩です。レース当日は12キロ地点で応援していました。箱根駅伝常連校の選手たちを大きく引き離して先頭を走っている状況に本当にびっくりしました」と笑顔で話す。その後、表情を引き締めて熱く語った。「第100回箱根駅伝で初出場を目指すという思いがさらに強まりました」
育英大の陸上部は2018年の開学と同時に創部され、翌19年の箱根駅伝予選会に初挑戦した。以来、30位、30位、26位、23位と着実に順位を上げている。予選会通過ラインとの差は19年は53分8秒もあったが、昨年は14分41秒まで縮めた。
予選会に初出場以来、毎年、関東学生連合に選手を送り込んでおり、いずれの選手も好走している。前回大会では諸星颯大(4年)が10区で序盤、区間1位相当のハイペースで突っ込み、最終的にも区間5位相当と健闘した。「新田は一番のライバルであり、仲間なので、今回の活躍は本当にうれしかった。僕も新田も箱根駅伝に出るだけではなく、箱根駅伝で活躍する、という強い思いを持っていました。後輩たちも強い気持ちで箱根駅伝初出場を目指してほしい」と諸星は後輩にエールを送る。
新田は今春の卒業後、実業団には進まず、群馬県内の企業に一般就職する。市民ランナーとして走り続け、週末などは育英大で練習を行う予定。正式なコーチではないが、後輩たちにとって、これほど頼りになる兄貴分はいない。
1月29日、群馬・前橋市の正田醤油スタジアム発着で行われた群馬県駅伝(6区間30キロ)に新田は凱旋(がいせん)出場し、4年生で編成された育英大Bチームのアンカーとして6キロを走った。「同期の仲間と駅伝を走ったのは最初で最後。チームメートとタスキをつなげたことは格別です。本当は箱根駅伝で育英大のタスキをつなぎたかったけど、地元の群馬でみんなで走り切ったことは一生の財産になります」と感慨深い表情で話した。後輩には「育英大の伝統を積み重ねてほしい」と期待を込めて話した。
新田の積極果敢な走りは、日本中に圧倒的な存在感を示した。同時に、空っ風が吹く上州で走り続ける育英大ランナーに勇気と希望を与えた。
高崎市から“箱根への道”は確実につながっている。(竹内 達朗)
◆育英大 2018年に群馬・高崎市に開学。同年に陸上競技部創部。19年に箱根駅伝予選会に初出場。同年度に外山結が関東学生連合の5区を走り、育英大初の箱根駅伝ランナーとなった。レスリング部が強く、21年世界選手権女子55キロ級、22年同57キロ級金メダルの桜井つぐみ(3年)らが在学している。
◆新田 颯(にった・はやて)2001年1月31日、熊本・山鹿市生まれ。22歳。山鹿中時代はハンドボール部。千原台高入学と同時に陸上を始める。2019年に育英大教育学部に入学。ベスト記録は5000メートル13分53秒23、1万メートル28分21秒14、ハーフマラソン1時間3分17秒。178センチ、58キロ。