記者兼カメラマンとしてエプロンサイドでカメラを構えていた私の耳に今、まさに3カウントを奪われたレスラーのつぶやきが、はっきりと聞こえた。
「大将、ありがとう…」―。
そして、その言葉は会場を埋めた1398人のプロレスファンの心の声にも思えた。
4日、東京・エスフォルタアリーナ八王子で行われた全日本プロレス「#ajpwエキサイトMANIAx~」大会。メインイベントの宮原健斗(33)VS青柳優馬(27)の三冠ヘビー級王座戦以上に注目を集めていたのが、第4試合で行われたアジアタッグ選手権試合・トルネードバンクハウス電流爆破デスマッチだった。
「邪道」大仁田厚(65)が生まれ故郷の全日に帰還。ヨシタツ(45)と組んで、ケンドー・カシン(54)、NOSAWA論外(46)の保持するアジアタッグ王座に挑む一戦は、この1か月間、マット界の話題に上り続けていた。
大仁田がFMW時代に生み出した電流爆破は1990年8月のレールシティ汐留で初めて試合で用いられて以来、「大仁田厚の代名詞」として国内外に知られている。99年には単身で新日本プロレスに乗り込み、電流爆破をそのマットに上げた大仁田だったが、「王道」を標榜する全日では実現していなかった。
49年前にレスラーデビューを飾った古巣に対して「今、客観的に見て全日本はピンチだと思う。危機感を持って欲しい」と苦言を呈してきた「涙のカリスマ」は、この日も“いつも通りの大仁田”だった。入場曲「Wild Thing」が大音量で流れる中、ペットボトルの水を振りまきながら入場すると、試合は予想通り序盤から大荒れに。
自らを敬意を込めて「大将」と呼び、21日の引退マッチを前に最後の対戦を熱望してきた論外に狙いを定めると、リング上に持ち込んだ長机へのパワーボム、パイプいすでの殴打と徹底的に痛めつけた。
論外も反撃。大仁田も電流爆破バットで殴打され、大の字に。さらにギターでぶん殴られ、グロッギー状態になったが、ハードコアマッチでは「邪道」の方が1枚も2枚も上。ヨシタツに毒霧を誤射する場面もあったが、長机の破片で論外を何度も何度も殴打。
「まだ、まだ!」と倒れない論外だったが、最後は前方から大仁田、後方から、それに対抗したカシンの電流爆破バットでの挟み撃ちを浴び、完全KO。大仁田に3カウントを奪われた。
ピクリとも動かない論外に大仁田が覆い被さり、優しく抱きしめるようにすると、論外は「大将、ありがとう…」―。私のカメラの前で確かに、そうつぶやいたのだった。
リング上でマイクを持った大仁田は「カシン、論外、ありがとう!」と、まず口にすると「俺は全日本を永遠に残したいと思ってる。全日本は俺が死ぬまで、死ぬまで絶対に、絶対につぶさん!」と叫んだ。
「全日本での電流爆破は初めてだったけど、生き方に邪道も王道もありません」と続けると、この日、声出し応援が解禁された観客とともに「1、2、3、ファイヤー!」と、いつもの決めゼリフで締めくくった。
バックステージでも大仁田節は全開。「どの団体からの挑戦も受けます。新日本、全日本、ノア、海外でもインディーでもいい。このアジアタッグ、俺たちが価値を高めていきます」とヨシタツの肩を抱いて言い切ると「俺たちの防衛戦は電流爆破以外、受けるつもりはない!」と断言。「チャンピオンに権限があると思うんで言っておきます」と言うと、ニヤリと笑った。
55年11月創設と日本最古のベルトであるアジアタッグの63年以上の歴史の中で電流爆破によるタイトルマッチが行われるのは史上初。渕正信(69)とのタッグで第100代王者となっている大仁田は17年6月の陥落以来、5年8か月ぶりの王座返り咲きとなった。
だが、65歳となった「涙のカリスマ」の王座奪還を伝えたスポーツ報知WEBの速報記事のコメント欄は“荒れた”。
「7回引退して7回復帰した大仁田がタッグ王者…。納得いかない」、「王道・全日が邪道に頼るようになったら終わりだな」、「ますます新日、ノアとの差がついた。大仁田が言った『全日はピンチ』は本当だよ」―。
中には「(ジャイアント)馬場さんの一番弟子でもある大仁田こそ実は全日の王道なんだよな」、「悪名もここまでいけばすごい。何より大仁田の名前で普段より集客できるんだから」などの声もあったが、多くは大仁田の知名度に頼った形にも見える名門・全日の窮状を憂う声だった。
そんな声の数々をベルト奪取から一夜明けた5日、大仁田自身にぶつけてみた。
「俺のタイトル奪取に否定的なヤツもいるけど、俺は(全日と)コラボして良かったと思ってるよ。観客がすべてだよ。だって、2階席まで入ってたろ」―。
まず、微笑みを浮かべてそう言った大仁田。確かに札止めとなった会場は2階席まで観客でびっしり。声出し応援解禁となったファンが大仁田とともに発した「1、2、3、ファイヤー!」の瞬間こそが、前夜のハイライトだった。
他団体の会場ながら、いつもの試合後のファンサービスも敢行した大仁田。ロビーでのツーショット・サイン会には100人を超えるファンが行列を作り、試合直後で汗まみれ、水びたしの「涙のカリスマ」に肩を抱かれ、心からの笑顔を浮かべていた。
ファンの満足げな笑顔―。それこそがぶ厚い選手層でプロレス界をリードする新日、カリスマ・武藤敬司(60)の引退カウントダウンや新日との対抗戦で話題を振りまくノアの2団体に完全にリードを許し、存在感が薄れつつある全日が、どこか忘れつつあったものではないのだろうか。
メインで行われた宮原と青柳の三冠戦、セミファイナルで行われた青柳亮生(23)と鈴木鼓太郎(44)の世界ジュニアヘビー級王座戦も、まさに一瞬も目が離せない現代プロレス最高峰の試合だったが、観客が会場に足を運び、見てくれないことには、その素晴らしさは熱心なファン以外には決して届かない。
激闘から一夜明けた大仁田は、こうも言った。
「俺は新日が東京ドームを埋めた時代もFMWで3万人を集めた時代も知っている。今の倍以上、客が入っていたよな。プロレスは客が入ってナンボだろ」。冷静そのものの表情でそう言うと、「俺は40、50、60代までの一番、プロレスが熱かった時代を知っている客にこそ俺の闘いを届けたいんだよ。諦めたら終わりだろ」と続けた。
そして、最後にこうも言った。
「昨日さ。電流爆破なんて初めて見たに違いない子どもの声援が聞こえたんだよ。『オーニタ~!』ってさ。うれしかったなあ。俺、全日に新しい客も呼び込んだと思わない?」―。
そう言ってニヤリと笑った「涙のカリスマ」の表情に、なぜかKOされた論外の「大将、ありがとう…」という言葉が重なり、私は大きく心を揺さぶられた。
その言葉のすべてにプロレスへの熱い思いを感じたし、そこに先細りしつつあるプロレス界の未来への極めて重要な答えがあると思ったから。(記者コラム・中村 健吾)