にしおかすみこブレイクから16年 今を赤裸々に描く…認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父との日常

スポーツ報知
短い髪は「楽! 乾かす時間も短くてすむし」と話す、にしおかすみこ(カメラ・矢口 亨)

 お笑い芸人・にしおかすみこ(48)が認知症の母と、ダウン症の姉と、酔っ払いの父との日常をつづった講談社「FRaUweb」の連載「ポンコツ一家」が書籍化された(1540円)。日本テレビ系「エンタの神様」でブレイクしてから16年。怒って、泣いて、笑った日々を「いけるところまでは書いていく」と宣言した。(瀬戸 花音)

 「家電にババアがのみ込まれている」。認知症の母が冷蔵庫に首をつっこんだまま、立ち尽くしているシーンを書いた一節だ。壮絶とも言える日常を描いているはずなのに、にしおかの言葉はあまりにも面白い。「笑ったって言われるのが一番うれしいかもしれないですね」。笑い声とともに、短くなった髪が揺れた。

 黒髪ロングにボンデージ姿、手にはムチを持ち、「この豚野郎!」と女王様キャラのSMネタで一世を風靡(ふうび)したのは2007年。それから16年たって、芸人としての仕事は新型コロナウイルスが直撃した20年にゼロになった。ちょうどその頃、母の認知症に気付いた。実家に帰ることを決意し、友達の誘いでスキューバダイビングショップのアルバイトを始めた。「バイトは週多くて3回か4回。電話番と掃除と仕入れをやって。電話対応とかもすごいしどろもどろになるし、途中からもう電話に出るのが怖くて拒否しちゃったり。ホントなんにもできないなって」

 そんな生活の中で、家族を題材に文章を書き始めた。「とにかく生活費を稼ぎたい」という正直な思いも明かすが、葛藤はあった。本来、家族以外に知られるはずのないことが、世間に発信される。Web連載が始まってから、「(家族に)書くことを意識させちゃっているかな?」という思いも芽生えた。

 「父親が急にいい子ちゃんみたいなことを言ってきたりとか(笑い)。意識させちゃってるなら『ごめんなさい』って気持ちはあります。自分だけのネタなら失敗しても成功しても、どうってことないんですよ。家族をネタに切り売りしたっていうのが、どうしても引っかかるんですよね。でも、ごめんなさいって言っても誰も幸せにならないから、ここはもう考えないでおこうって。いつもサッて消すんですよ」

 母と姉と父は「一生懸命、自由に生きている人たち」だという。妹のにしおかは幼い頃、いつも母や姉の後ろをくっついて歩き、金魚のフンのようだったことから「すみクソ」と呼ばれていたそうだ。「3人がキャラが濃くて、私だけ薄い」という家族との関係性は自分の中では今も同じ。「介護してるって感じではないんですよね。私は自分ではジタバタしてますけど、それほど何かをやってるわけではなくて。でも、ごくたまに母が介護をされているって雰囲気を出す時があって、私が『介護している』って感じを出しちゃってるのかなあって…そんなつもりないのになあ、って反省もあったりとか」

 書籍化がうれしくて、母に伝えると、一生懸命、自由に生きている母らしい言葉が返ってきた。「『誰が読むのか』って言ってました(笑い)。お金を頂いて本を買ってくださるじゃないですか。それが厚かましいだろって。配ったらいいじゃないかって言われました」

 現在進行形でそこにある家族4人の未来をどう描き、どこまで書き続けるのか。「んとね、あの人たち次第(笑い)。だって順当にいったら両親とか姉の方が年上だから、あたしが見送る側じゃないですか。先のこと考えると絶望的な気持ちになったりするから、明日の朝くらいまではなんか笑ってできたらいいやって。書いていこうと思いますけど、すごくしんどくなったら逃げる気は満々なので。いけるとこまでは、って思ってます」

 短い髪のにしおかは、今を生きている。だけど…あの時、輝いていたあのネタはもう、やらないのだろうか。「新しいネタがないです(笑い)。たまに、SMのネタも新しく考えるんですけど、前のネタに勝てたことがなくて。でも…(やる可能性は)ゼロではないかな。需要があって、ネタができたら、いけたらいきたいなと思ったりもします」

 はじける笑顔と「実家にムチもあります!」という言葉が、はつらつとした未来を予感させた。

 ◆にしおか すみこ 1974年11月18日、千葉県出身。48歳。94年にデビューし、2002年にお笑いコンビ・つぶつぶを結成。05年に解散。07年、日本テレビ系「エンタの神様」で女王様キャラのSMネタでブレイク。09年には春風亭小朝の指導のもと落語に挑戦。「春風こえむ」の高座名で落語家デビュー。19年にはフルマラソンを3時間5分3秒で完走。現在はテレビ東京「なないろ日和!」などでリポーターとしても活動している。

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