なぜ、メジャー移籍初年度に異例の出場を決断したのか―。WBC日本代表メンバーを取り上げる「30人の侍」の第2回は今季から米大リーグ・レッドソックスでプレーする吉田正尚外野手(29)だ。侍ジャパン・栗山英樹監督(61)との濃密なやりとり、その背景にあった純粋な思い、野球人生の新たな挑戦となる1年への覚悟に迫った。(取材・構成=小松 真也)
スマートフォンを握る手に自然と力が入った。昨年末。バカンス先の米ハワイのホテルの一室。吉田は南国の島の太陽にも負けない熱い思いをぶつけた。「僕の意思はずっと変わっていないです」。電話の相手は侍ジャパン・栗山監督。「本当に選んでいいのか?」。慎重かつ丁寧に意思疎通を図ってくれた指揮官に決断を伝えた。
「難しい選択ではありました。でも、栗山監督とは昨年11月のNPBアワードで会った時から、何度も話をさせていただいていた。監督からは『メジャーが初めてという中で決断してくれたことは、本当にうれしく思う』と。勝つためのメンバーが選ばれている。その期待に応えるだけです」
昨季は主砲としてオリックスを26年ぶり日本一に導き、オフにポスティングシステムでレッドソックス移籍。メジャー1年目の日本人野手最高となる5年総額9000万ドル(約124億円=契約時のレート)の大型契約を結んだ。注目度が増し、シーズンの調整に専念してもおかしくない状況だが、気持ちはぶれなかった。
「東京五輪にも出場させていただきましたが、同じ侍ジャパンでも僕の中では少し違う。くさい話ですが、小さい時からWBCを見て、日本の選手が戦う姿に夢や希望をもらった。だから、出場するチャンスがある中で、どうしても、その場に立ちたかったんです」
異例の決断の裏側にあったのはピュアな思い。「やっぱり、09年のイチローさんの決勝打(第2回WBC決勝の延長10回)は鮮明に覚えています」。学生時代に憧れたヒーローのように自分も―。エンゼルス・大谷らとのプレーにも胸を躍らせる。
「大谷君と一緒にできることは心強いですし、たくさん学べることがある。米国でプレーする上でのアドバイスも聞けるかもしれない。メジャーの先輩方もいっぱい来ますしね。ボールはメジャー球と同じで、決勝の舞台もフロリダ。(同じフロリダ州の)キャンプ地にそのまま移動だってできる。そういう意味でもシーズンへ、完全なデメリットにならないかな、と」
調整は順調。現在は国内で汗を流し、今月上旬にも渡米してレ軍のキャンプに合流する見通しだ。1月の沖縄自主トレ中にはプロ2年目から師事するスポーツ庁の室伏広治長官(48)が直接指導のため、忙しい合間を縫って訪問してくれた。
「特別な激励というわけではありませんが、『頑張ってください』と。すごくエネルギッシュで、一緒に練習をしていた後輩たちも指導してくださった。自分の成長を見ていただいている方のためにも、恩返しをしたいですね」
チーム得点に関わるOPS(出塁率+長打率)は通算・960と高水準のスラッガー。栗山ジャパンでは左翼を定位置に打線の中軸を期待される。好きな言葉は「頂(いただき)」。大事なグラブに刺しゅうを入れる。
「ずっと『頂』という言葉が好きで。一番上を目指していくという気持ちになりますし、何でも目標を達成するまでが楽しいもの。どんどん大きな目標を作って、その頂を登りたい」
ウサギ年に目指す「頂」は言わずもがな。貪欲に二兎(と)を追う。レッドソックスは3月30日(日本時間31日)の本拠オリオールズ戦で開幕する。
「目標はダブル世界一。WBC優勝とワールドチャンピオン。とにかく1年間を全うしたい。新たな課題を見つける意味でも、良い悪い関係なく、今年1年を完走したいと思っています」
◆吉田 正尚(よしだ・まさたか)1993年7月15日、福井県生まれ。29歳。敦賀気比から青学大を経て、15年ドラフト1位でオリックス入団。20、21年に首位打者。21、22年は最高出塁率。昨季は119試合に出場し、打率3割3分5厘、21本塁打、88打点。通算762試合で打率3割2分7厘、133本塁打、467打点。昨年12月にポスティングシステムを利用し、米大リーグ・レッドソックスに移籍。19年プレミア12、21年東京五輪で日本代表。173センチ、85キロ。右投左打。既婚。