武藤敬司、UWF前田日明への反抗が発端だった「熊本旅館破壊事件」…連載「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」〈17〉

スポーツ報知
武藤敬司

 プロレス界のスーパースター武藤敬司(60)が2月21日に東京ドームでの内藤哲也戦で引退する。新日本プロレスに入門した1984年10月5日のデビューから全日本プロレス、WRESTLE―1、プロレスリング・ノアと渡り歩き常にトップを驀進したカリスマ。さらに化身のグレート・ムタでは全米でトップヒールを極めるなど世界で絶大な人気を獲得した。スポーツ報知では38年4か月に及ぶプロレス人生を「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」と題し14日から連載中。17回目は、UWF前田日明との殴り合った「熊本旅館破壊事件」【前編】。また、報知では2月18日(予定)にタブロイド新聞「武藤敬司 引退特別号」を発売します。(取材・構成 福留 崇広)

 武藤が凱旋帰国した1986年10月。新日本プロレスのリングで最も輝いていたのがUWFの前田日明だった。

 前田は1978年8月に新日本プロレスでデビュー。84年3月に「ユニバーサルプロレス(UWF)」へ移籍した。現在、「第一次UWF」と呼ばれる団体は、キックと関節技を主体とするスタイルで首都圏では熱狂的な人気を集めたが、レギュラーのテレビ中継もないなど経営は厳しく1年半で活動は停止し、新日本と提携。86年1月から同じ団体の藤原喜明、木戸修、高田延彦、山崎一夫らと新日本マットにUターン参戦した。

 そして、この年は4月にアンドレ・ザ・ジャイアントとの不穏試合で戦意喪失に追い込み、6月には藤波辰巳(現・辰爾)と名勝負を展開し存在感と注目を集めた。さらに武藤が凱旋した10月9日。両国国技館で行われたアントニオ猪木のレスラー生活25周年を祝う「INOKI闘魂ライブ」でキックボクサーのドン中矢ニールセンと歴史に残る白熱の異種格闘技戦で勝利し「格闘王」と絶賛された。

 武藤は前田が激闘を展開した国技館で凱旋帰国のあいさつをしている。同じリングで前田と武藤の運命は交錯していた。ただ、武藤はロープワークなど伝統的なプロレスの動きを拒絶しキックと関節技を主体に攻撃に徹するUWFスタイルに不満を持っていた。この「U」への思いは、報知が発売するタブロイド新聞「引退記念特別号」でのインタビューで独特の表現で明かしている。同じプロレスでも「武藤敬司」と「前田日明」は思想がまったく違っていたのだ。

 しかも、UWFは興行的にもテレビの視聴率的にも爆発的な人気と利益を新日本にもたらすまでには至らなかった。リング上で試合がかみ合わなくても観客が会場に詰めかければ我慢できた。しかし、興行が盛り上がらない現実に新日本のレスラーは不満がたまっていた。そんな深刻な対立が露呈したのが87年1月23日、熊本・水俣市体育館での試合後だった。

 当時、現場を管理していた新日本の坂口征二副社長は、ギスギスした関係となった新日本とUWFの親睦を目的に試合後に宿泊する旅館で宴会を提案。両陣営は合意し宴席が催された。新日本はアントニオ猪木を筆頭にほぼ全選手、UWFも前田ら所属選手がすべて参加した。そして、この宴席は坂口が目指した関係改善とは正反対の方向へ行く。引き金を引いたのが武藤だった。

 この時の武藤自身の証言を今月12日に徳間書店から発売となったノンフィクション『さよならムーンサルトプレス 武藤敬司「引退」までの全記録』から引用する。

 「正確には酔っ払って覚えてないんだけど、オレが前田さんに『あんたらのプロレス面白くねぇんだよ』って言って口火を切ったと思う。そしたら、前田さんが『じゃんけんで勝った方が一発殴ろう』って言ってきて、それに乗ったらオレは全部負けて殴られるわけ。酔っ払っていたから分からなかったんだけど、前田さんは全部後出しして殴っていたらしいんだよ。それを高田さんが見ていて、前田さんに『ズルい』ってなって、高田さんが前田さんを羽交い締めにして『武藤、殴り直せ』って言って、思いっきり殴ったよ」

 2人の殴り合いから宴席は修羅場に変貌した。酔っ払ったレスラーたちが大暴れし旅館の柱、トイレ、壁などが破壊された。これが今でも様々な媒体で書かれ、語り継がれている「熊本旅館破壊事件」だった。すべての発端は武藤が前田に放った「あんたらのプロレス面白くねぇんだよ」のひと言だった。酔いに任せた言葉だったかもしれないが、前田への反抗は、武藤が当時、デビュー4年目で確固とした己のプロレス哲学が確立していた証明だろう。

 私は『さよならムーンサルトプレス 武藤敬司「引退」までの全記録』で坂口、武藤、前田、藤原、船木誠勝を取材し「破壊事件」の証言をつづった。さらに今回の連載取材で新たな証言を得た。次回は、この新証言を紹介する。

(続く)

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