3冠馬ナリタブライアン育てた大久保正陽元調教師が死去 87歳誤嚥性肺炎で

スポーツ報知
94年の菊花賞で3冠を達成したナリタブライアンの大久保正陽元調教師(左から3人目)

 数多くのG1ホースを送り出した大久保正陽(おおくぼ・まさあき)元調教師が誤嚥性肺炎のため、21日に亡くなっていたことが25日、分かった。87歳だった。葬儀などは、家族葬として執り行われた。

 生粋のホースマンだった。父の亀治氏が調教師で、子供の頃から常に馬が近くにいる生活。父の厩舎所属で1957年に騎手デビューし、1970年までに通算51勝を挙げた。72年に死去した父の厩舎を引き継ぐ形で開業。その後に弟の光康氏、息子の龍志氏、いとこの大久保洋吉氏も調教師の道をたどり、デビュー2年目の大久保友雅騎手が孫にいる競馬一家だった。

 2006年まで34年の調教師生活で、重賞50勝(うちG1級11勝)を含むJRA通算597勝。「競馬人生で一番の勲章」と口にしていたのがナリタブライアンだった。1994年に史上5頭目となる3冠馬に輝き、年末の有馬記念も圧勝。同年の年度代表馬に輝いた。

 常識にとらわれない起用法も注目を集めた。ナリタブライアンは5歳時に天皇賞・春から6ハロン戦の高松宮杯に転戦(4着)した。メジロパーマーは障害から平地へ戻った5歳時の92年に宝塚記念、有馬記念を制覇。障害帰りの平地G1馬は史上初だった。さらに開業当初には難しい気性面から激走と凡走を繰り返し、「気まぐれジョージ」と言われたエリモジョージを管理。数々の記録と記憶に残る名馬を送り出した名トレーナーだった。

〈息子の龍志調教師「尊敬するところはいっぱいある」〉

 〇…大久保龍志調教師は助手、厩務員時代の1989年から2001年まで父の厩舎に所属。ホースマンとして、数々の名馬に接する父の姿に間近で接した。「この世界で師匠は一人、親父だけですから。師匠として、親父として、尊敬するところはいっぱいある。在籍している時に(ナリタ)ブライアンみたいな馬を間近で見させてもらったことも大きな財産になっていると思います」としのんでいた。

〈悼む〉

 気難しく、取材対象者としては、手強かった。一言で表現するなら「頑固おやじ」。それなのに、四半世紀前のやり取りを振り返ると、胸に来るものがある。

 「あなた方で判断して下さい」。武豊の初制覇だった93年の皐月賞馬ナリタタイシンや、翌年の3冠馬ナリタブライアンを取材するたびに、何度も聞いたフレーズだが、今なら言葉の意味を理解出来る。もう少し競馬を勉強しなさい。自分の眼を養いなさい。若い記者に、柔らかく、伝えようとしていたのだと。

 「気まぐれジョージ」と言われたエリモジョージ、障害帰りのメジロパーマーで春秋のグランプリ制覇。管理馬は個性的。そして、3歳で有馬記念を勝ったシルクジャスティス。ブライアンズタイム産駒を手がければ天下一品だった。「ブライアンズタイム産駒は目標へ向けて仕上げやすい」。2着だった1997年の日本ダービー前に聞いた貴重なコメントは、色々な場面で使わせていただいた。感謝の言葉しかない。(編集委員・吉田 哲也)

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