門田博光さんとの幻のトレードを掛布雅之氏が語る 1980年オフ「初めて引退がよぎった瞬間」

スポーツ報知
門田博光さん

 74歳で死去していたことが24日に分かった門田博光さんの訃報を受け、スポーツ報知評論家の掛布雅之氏(67)が1980年にあった幻のトレード秘話を明かした。

 1980年12月13日、大阪の野球界を激震させる出来事があった。某スポーツ紙が1面で「掛布 門田トレード」と打って出たのだ。当時、掛布雅之はプロ7年目の25歳。前年には48本塁打で初の本塁打王に輝いたが、80年は開幕直後に走塁中に左膝を痛め、長期離脱。70試合の出場にとどまり、打率2割2分9厘、11本塁打、37打点と苦しんだ。一方、32歳の門田博光は79年春季キャンプのアキレス腱(けん)断裂から復活し、41本塁打でカムバック賞を受賞していた。

 翌14日の報知では「社長明言 掛布放出するものか!」と大々的に否定記事を掲載。阪神、南海の両球団が交渉の事実がないことを強調した。門田氏は2016年のスポーツ報知の取材に「1週間早く(記事を)出しよった。その瞬間にとんでもなく(両球団に)電話がかかってくる。トレードはあかんぞ、と。そういうことでご破算になったと聞いたことがある。まんざらウソではなかったんでしょ」と語っていた。 

 ◆掛布氏が語る

 門田さんと私のトレード記事は、衝撃を受けましたが、当時の阪神球団の体質からすると不思議ではないとも感じていました。76年1月に江夏さんが南海に、78年11月には田淵さんが西武にトレードに出されていたからです。田淵さんからは、球団を去る際に「俺や江夏のようにならず、お前は最後までタテジマのユニホームを着てくれよ」という、ありがたい言葉をもらっていました。その約束を果たすため、実際にトレードを通告されていれば、ユニホームを脱ぐ覚悟を決めていました。

 結局は新聞報道の翌日に両球団が完全否定し、信ぴょう性は分からないままです。ですが、危機感を感じたのは事実です。「これからは絶対にけがして休まないようにしよう」と考え、翌81年から85年まで5年連続で全試合出場を果たしました。パ・リーグを代表するホームラン打者とのトレード話は光栄ではありましたが、初めて引退がよぎった瞬間でした。幻のトレードが、選手としてレベルアップさせてくれました。(スポーツ報知評論家)

 

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