武藤敬司、デビュー前に道場で披露していた「月面水爆」…連載「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」〈13〉

スポーツ報知
武藤敬司のムーンサルトプレス

 プロレス界のスーパースター武藤敬司(60)が2月21日に東京ドームでの内藤哲也戦で引退する。新日本プロレスに入門した1984年10月5日のデビューから全日本プロレス、WRESTLE―1、プロレスリング・ノアと渡り歩き常にトップを驀進したカリスマ。さらに化身のグレート・ムタでは全米でトップヒールを極めるなど世界で絶大な人気を獲得した。スポーツ報知では38年4か月に及ぶプロレス人生を「完全版さよならムーンサルトプレス伝説」と題し14日から連載中。13回目は、「ムーンサルトプレス」誕生秘話の後編。また、報知では2月18日(予定)にタブロイド新聞「武藤敬司 引退特別号」を発売します。(取材・構成 福留 崇広) (続く)

 武藤が必殺技「ムーンサルトプレス」を初公開したのは、1985年3月1日、「ビッグファイトシリーズ第一弾」開幕戦の後楽園ホールだった。後藤達俊とタッグを組んでブラック・キャット、金秀洪と対戦した武藤は、キャットへ初めて「月面水爆」を浴びせた。

 ムーンサルトプレスを開発した秘話と初公開時の思いを武藤は、今月12日に徳間書店から刊行されたノンフィクション「【完全版】さよならムーンサルトプレス 武藤敬司「引退」までの全記録」で明かしている。本稿では、初公開前に「ムーンサルトプレス」を目撃した先輩レスラーを紹介したい。

 先輩の名前は、佐野巧真(さの・たくま)さん。新日本プロレスに武藤の1年前となる1983年に入門。84年3月にデビューした新日本時代は「佐野直喜」のリングネームでIWGPジュニア王座を獲得。その後、SWS、UWFインターナショナル、プロレスリング・ノアなどで活躍。2020年1月に引退し、57歳の現在は、京都市内で焼肉店「焼肉巧真」を経営している。

 佐野さんは、1年後輩となる武藤が入門時の印象を「他の若手選手より運動神経が抜けていました」と振り返る。さらに、身長188センチと当時のヤングライオンの中でも蝶野正洋と並んで長身だったが「体は大きいんですけど、僕のようなジュニアヘビー級の選手がやるような動きも練習でマネしてすぐにできちゃっていました。試合を見ただけで、すぐに覚えて見よう見まねで技をできていました」と明かした。

 佐野さんが証言した武藤が持つ抜群の運動神経。その象徴が「ムーンサルトプレス」だった。

 「ムーンサルトプレスも練習で武藤が“こんなのできるかな?”って言って、試しにやったらできちゃっていたんです。それは、武藤がまだデビューする前でした」

 デビュー5か月後に試合で初公開した「月面水爆」だったが、佐野さんは、それ以前に道場で目撃していたのだ。佐野さんによると、新日本プロレスの野毛道場で合同練習が終わると、若手選手同士が「こんな技ができるかな?」とトライしていたという。

 「そんな時に武藤は、ムーンサルトを試しにやっていました。すぐに成功していました。バック転もすぐにできていましたし、そんな姿を見て運動神経がずば抜けているなと思っていました」

 ずば抜けた運動神経を道場で証明していた持った武藤。道場では、もうひとつ重要な「力」を先輩に対し発揮していた。それは「強さ」だった。次回は、佐野さんに加え、もう1人の先輩レスラーが武藤の「強さ」を証言する。(続く)

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