門田博光さん、MLB中継見ながら大谷打てるか思案 根っからの野球人…記者が悼む

スポーツ報知
南海時代の門田(1982年7月撮影)

 プロ野球歴代3位の通算567本塁打を記録し、南海、オリックスなどで活躍した門田博光(かどた・ひろみつ)氏が死去していたことが24日、分かった。74歳だった。かねて病気療養していたが、23日に予定されていた治療に現れず、病院から連絡を受けた警察が自宅で倒れているのを発見した。アキレスけん断裂の大けがを克服して40歳でプロ野球記録の44本塁打を放った左の大砲。44歳まで現役を続け、本塁打王3度、打点王2度、歴代4位の通算2566安打をマークするなど輝かしい野球人生だった。

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 【悼む】

 「俺はビジネスの話しかせんぞ」。最後に話したのは4、5年前。門田さんの電話での第一声は相変わらずのとっつきにくさだった。「食事しながら世間話でも」と誘ったが、冒頭の言葉通り乗ってこなかった。それでも家族のことなど、ギャラなしのビジネスにならない話をした。「まだ夢はある」の内容は具体的に明かさなかったが、19年6月に受けたアマ指導の資格回復講習に関係していたのだろうか。東京でしか講習が受けられないと伝えると、「それなら行かない」と言いながら、ノムさんや福本さんらと参加していた。

 じっくり取材の機会を持ったのは16年だった。自宅近くの喫茶店でいきなりビールを注文した。週に4回の人工透析を受けている体だけに驚いた。「お前も飲め」と、私の緊張をほぐしてくれるためだったのか、飲みたいだけだったのか。自らの性格は「気ぃ遣いで疲れる」と表現した。世渡り下手もあって、NPBで指導者にはなれなかった。好きな言葉を聞くと、戦国武将の黒田官兵衛の「我人にこびず、富貴を望まず」と、織田信長が本能寺の変で残した「是非に及ばず」と答えた。

 MLBの中継では大谷の投球にかぶりついていたという。「どうやってタイミング取ったら165キロの球を打てるか考えてるんや」。根っからの野球人だった。(大阪編集センター長・島尾 浩一郎)

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