栗山英樹監督&森保一監督 代表監督は「ハッピージョブ」欧州では「クレイジージョブ」!?…対談・前編

カメラに向かいポーズをとる侍ジャパン・栗山監督(左)とサッカー日本代表・森保監督(カメラ・竜田 卓)
カメラに向かいポーズをとる侍ジャパン・栗山監督(左)とサッカー日本代表・森保監督(カメラ・竜田 卓)

 3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の侍ジャパン・栗山英樹監督(61)と昨年開催されたサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会で日本をベスト16へ導いた森保一監督(54)の対談が実現した。世界を相手に日本を率いる両監督が、選手選考や起用法など、代表監督としての苦悩をぶつけ合った。(取材・構成=岸 慎也、星野 浩司)

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 栗山監督(以下、栗)「お会いするのは初めてですね。カタールW杯お疲れさまでした」

 森保監督(以下、森)「応援ありがとうございました。私が現役時代、広島でプレーした時に(栗山監督が居を構える)北海道栗山町でキャンプしたんです。一方的に知ってる感があって(笑い)」

 栗「そうなんですね。町のパワーがありますよね。W杯は集中して見ていました。(26年W杯へ)続投が決まり、心境は?」

 森「ドイツとスペインに勝ったことは責務に近づき、夢を見られる戦いができたけど、目標(8強)は達成していないし、正直悔しい気持ちが強いです」

 栗「強いチームにリードを許しても冷静でしたか?」

 森「割と感情の波はなく、冷静。スタートから圧倒するのが理想ですが、世界のトップに理想的な戦いは難しいと覚悟はしていました。集中を切らさず、最後まで臨めば必ず勝ち上がれる。陸上でいうと、100メートル走のパワーで戦うよりも、マラソンの方が、日本の良さを引き出し、勝つ確率が上がるという考え方です」

 栗「いろんな想定の中で相手を探り合いながら、一つの方向に向かっていく戦い方だった。本当は先にいきたかったんですね。WBCでは先にいきたいんです」

 森「もっと、最初ガツガツ打ち合いにいく予定で。先行逃げ切りで、受け身の時間はない方がいいです」

 栗「(試合の)イメージは選手にちゃんと伝えるべきですか?」

 森「起こるであろう、想像は伝えるけど、そうでなくなった時のプランB、Cは自分の中にある。臨機応変に対応することは絶対に必要です」

 栗「広島時代と日本代表の監督はやはり違いますか?」

 森「大きくは感じないです。代表はワンランク上の魂で戦うようになる。『君が代』を歌った時に自然と魂が注入される。WBCでも皆さん、自然と出てくる感情だと思う」

 栗「国歌はパ・リーグでは流されて普通になりすぎている。それは嫌で、僕も国歌斉唱はこだわって合宿から選手に伝えたい」

 栗「岡田(武史・元)監督と話した時、欧州ではサッカーで自国の監督をやるのは『クレイジージョブ』だと言われた。国を背負うのは本当に大変なこと」

 森「プレッシャーはあるけど、ストレスは全くない。国の代表として戦えるのは非常に光栄。自分のできることを精いっぱい(やる)ということに目が向いているかもしれない。こんな幸せな仕事はない、本当にハッピージョブだと思います。批判の声は大きく、今はスマホを見ても自然と入ってくるんですけど」

 栗「ファイターズ(の監督を)辞める時、マネジャーから『生まれ変わったら、監督やりますか』と聞かれ、即答で『もう一回やる。大変だけど、こんなにすごいことをやれることはない』と。監督が言うハッピージョブというのはすごく理解できます」

 ◆栗山 英樹(くりやま・ひでき)1961年4月26日、東京・小平市生まれ。61歳。創価高から東京学芸大を経て、83年ドラフト外でヤクルト入団。右投両打の外野手として89年にゴールデン・グラブ賞。めまいや吐き気を伴うメニエール病の影響もあり、90年に29歳で引退。通算494試合で打率2割7分9厘、7本塁打、67打点。野球評論家、白鴎大経営学部教授を経て、2012年から日本ハム監督。16年には正力松太郎賞を受賞。21年オフに退任し、侍ジャパン監督に就任。

 ◆森保 一(もりやす・はじめ)1968年8月23日、静岡・掛川市生まれ、長崎市育ち。54歳。長崎日大高から87年にマツダ(現広島)入団。92年に日本代表初選出。国際Aマッチ35試合1得点。京都、広島、仙台を経て2003年に引退。04年から広島、U―20日本代表、新潟でコーチを歴任。12年から広島を指揮し、3度のJ1優勝。17年10月から東京五輪代表監督、18年7月にA代表監督と兼任。21年東京五輪4位。22年カタールW杯16強。同12月、26年W杯まで続投が決定。家族は妻と3男。

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