内川聖一氏、WBC13年大会で敗退した準決勝の辛い思いからのエール…栗山ジャパンへ4つの教訓

スポーツ報知
WBC09年大会の決勝で韓国を下して2連覇を達成。イチロー(中)や青木(左)と喜ぶ内川

 横浜、ソフトバンクなどで活躍し、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に3大会連続で出場した内川聖一氏(40)が、3月の第5回大会に挑む侍ジャパンにアドバイスを送った。09年大会では世界一に輝いた一方、13年大会の準決勝では敗退に直結する重盗失敗に絡み、涙を流した。自身の経験から〈1〉準備&確認の徹底〈2〉リーダーの確立〈3〉メジャー組の存在〈4〉打席での積極性―という4つのカギを力説し、栗山ジャパンの世界一を願った。(取材・構成=岸 慎也)

 日本人最多に並ぶWBC出場3度のキャリアを持つ内川氏は、自身の経験を基に栗山ジャパンにエールを送った。09年から3大会連続で出場し、通算打率3割4分7厘と国際試合での強さを見せた。一方で世界一に輝いた後は、2大会連続で準決勝敗退という悔しさも味わった。

 「普段とは違う、“起こらないことが起こる”ことを理解しておくこと。当たり前のことが当たり前じゃなかった。そのへんに動じないところですね。僕がダブルスチールに失敗した【注】のも、いろいろ理由もあって…」

 思い返すのは13年の第3回大会、準決勝プエルトリコ戦での重盗失敗。内川氏は一塁走者だった。当時の教訓として、十分過ぎるくらいの準備、確認の徹底を挙げた。

 「準備はしていました。普段、出ないサインが出ることも当然あります。言葉として決まっていても、あの場に立った時にできないことも出てくる。言葉、表現で分かっていても、ズレが生じる可能性がある。(代表メンバーは)いつも一緒のチームでやっていない。あうんの呼吸がなかなか使えない難しさがある。絶対こうだ、というところの100%の確認をしていかないといけない」

 それぞれ自身の立ち位置が異なる3大会を通じ、強く感じたのはリーダーの必要性だという。

 「中心になって『チームとしてどう動いていこう』と話をできる人がいること。09年(第2回大会)はイチローさん。ビジターでのシートノックを『バタバタになるから、やらなくていいんじゃない?』と、原監督に言ってくれた。13年は稲葉さん、17年は青木さん。誰しもが『その人が言うんだったらついていく』という人の存在は大きい」

 心身ともに、いかに普段と同じ状態で臨めるか。米国での決勝ラウンドはメジャー選手の頼もしさを実感した。

 「例えば何か(必需品を)忘れた時や、食事を紹介してもらったり。岩村さんや城島さんがいてくれて助かりました。ロサンゼルスでは、イチローさんと稲葉さんが『みんなで焼き肉を食べよう』と誘ってくれた。(メジャー組の存在で)落ち着きましたね。チームバスをパトカーが先導したりするので、平常心じゃなくなりそうになる。その中で、いつも通りに試合に集中して入れるかが大事と感じました」

 相手投手は、ほぼ初対戦。打撃面では、国際大会にアジャストした意識で臨み、結果を残した。バットを振っていくことでタイミングを合わせていった。

 「超積極的に打ちましたね。追い込まれた時には、1球でも投げさせて四球でいい、と。データは出るけど、実際見てみないと分からない。ちょっと様子見ようという段階でポンポン投げられたら、(先発投手が)5回、6回まで行ってしまう。後(中盤以降)はどんどんいい投手しか出てこなくなるので、なかなか厳しい」

 今回は初出場の選手が多いが、若手が背負いすぎる必要はないと説く。ヤクルトの後輩である村上も同じだ。

 「ムネはもうあの年(22歳)で、日本を背負うぐらいの気持ちがある。だからこそ、3冠王になったと思う。普通の感覚じゃ取れない。そのくらい、俺はやるんだと。背負ってもいいんですよ。背負える人しか背負えないから。でも、いきなり全部を背負うのではなくて、『よし、俺がやってやる』という張り切り感にしてほしい」

 米国の地で君が代を聴いた時、日本人であること、日本代表であることを切に感じたという内川氏。後輩たちが14年ぶりに世界の頂点に立つ瞬間を心待ちにしている。

 【注】13年の第3回大会、サンフランシスコ(AT&Tパーク)で行われたプエルトリコとの準決勝。3点を追う8回、井端の右前適時打で1点、さらに内川が右前安打で続いて1死一、二塁。盗塁を各走者の判断に任せる「グリーンライト」のサインが出る中、続く4番・阿部の打席で2人がスタート。井端は2、3歩で止まったものの、一塁走者・内川は止まれずにタッチアウト。痛恨の重盗失敗となり、結局この試合は1―3で敗れ、日本の3連覇はかなわなかった。

 ◆内川 聖一(うちかわ・せいいち)1982年8月4日、大分県生まれ。40歳。大分工から2000年ドラフト1位で横浜(現DeNA)入団。10年オフにソフトバンクへFA移籍。11年に史上2人目の両リーグ首位打者。09、13、17年WBC日本代表。20年オフにソフトバンクを退団し、ヤクルト入り。22年限りでNPBでの現役を引退。同年12月に独立リーグの大分に入団。NPB通算2022試合で打率3割2厘、2186安打、196本塁打、960打点。184センチ、92キロ。右投右打。

 ◆最近の内川氏 昨季限りでNPBから引退。22年10月3日の引退試合では「5番・一塁」で先発して左翼線への適時二塁打を放ち、7回には村上が日本人選手最多の56号を放って花を添えた。同12月3日には、ヤマエグループ九州アジアリーグの大分B―リングスに入団することを発表。「自分が生まれ育った地で現役生活を終えたい」と、地元大分で現役を続行する決断を下した。

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