SKY‐HI インタビュー ロングバージョン(1)

スポーツ報知
本紙インタビューに答えるSKY‐HI(カメラ・小泉 洋樹)

 昨年12月に発売したラッパーのSKY―HI(36)のアルバム「THE DEBUT」が好調だ。6枚目のオリジナル盤に本人も「明るさを感じる作品になった」と手応えを感じている。2005年にパフォーマンスユニット・AAAとしてデビュー後は、グループ活動とラッパーのはざまで「充足感を感じることが少なかった」とも。BMSGの社長、BE:FIRSTなどを手掛けるプロデューサーと様々な肩書を持つが、その出発点は幼少期にあるようだ。自らがたどった経験を血肉にし、新たな音楽シーンに挑戦するカリスマに、曲作りへのこだわりやグループ時代の苦悩、そしてラップへの思い入れやBE:FIRSTのプロデュースの裏話などいろいろ聞いた。(ペン・国分 敦、カメラ・小泉 洋樹)

 前作「八面六臂」から1年2か月ぶりのオリジナルアルバムは、多忙を極める中での制作となった。

 「直近2作品とも経営者、プロデューサーとして日々を過ごす中、スタッフにスケジュールを組まれて制作する状態です。それは自分の作品に限らずBE:FIRSTの作品も同じで、スタジオに入って『この3時間で集中して1曲を作り上げる』という作業をしていかないと、純粋に仕事が回らなくなっちゃう感じなので。でもキャリアも短くないし、何か一つのモノに時間をかけ続けることへの功罪も感じてもいるから、ストレスにはなっていません」

 曲作りは常に真剣勝負になっているようだ。

 「ダンスミュージックは身体的、脊髄反射的で聴いた瞬間に踊れる要素が必要です。自分は展開が激しく転調が多くてメロディーの上下が激しい、いわゆるJポップはそこまで好きではないし、自分が志向するものではないと思っています。それはJポップとダンスミュージックの狭間(はざま)で創作を苦しむっていう作業を十何年続けた中で、自分なりにいくばくかの答えが見つかったからです。とはいえここ数年の話ですが…。いくばくかの作曲哲学においていうと、必要な要素は『考えすぎない』ということ。右脳左脳でいうのが正しいのか分からないですが、右脳的な直感であるべきと思っています」

 ―具体的にどういった作業から曲が生まれていくのか。

 「まずスタジオに行って『今はどんなモードなの?』みたいな話から始まる感じです。会話をしながら鍵盤を弾いて『そこがいい』とか『そこではない』とか話を交わして、次第に骨組が出来上がってくる。早い時は30分だし長くても1時間くらい。それでいろいろとゴニョゴニョと歌っていって、言葉で後で説明していくっていう作業になりますね。自分は(他の人より)作るのは速い方なのかな~。速い遅いよりも、ここでやんないと一生リリースされないのがありますから必死です(笑い)」

 スタジオに入ってコミュニケーションを取りながら楽曲制作するスタイルは、ヒップホップの本場・米国の影響もあるようだ。

 「18歳ぐらいになると大人の人と、その場で作ることが本当に多くなってきました。当時の米国のヒップホップのドキュメントを見ていると、とにかくかっこいいんです。(米ラッパーの)Jay―Zがレコーディング途中で『ダメだこのビート』『OK、今こんなビートがあるけど』『最初からそれを聴かせろ』ってスタジオ入って、3ワードぐらい書いてもうラップしている―。そんなことに憧れた青春時代でしたが、“あーだこーだ”いって完成させていくっていう作業、その瞬発力から生まれる化学反応みたいなものが面白いんです。24歳の時にFLOATIN’LAB(様々なラッパー達と楽曲を制作し、その制作過程をUPして行くプロジェクト)という企画に参加して、翌年には賞をいただきました。自分のキャリアの中で最初に評価された事で、それ以降にフィーチャリングのオファーが増えていきました」

 このアルバムは以前までの作品とは違って、明るさを感じることができる1枚になっているが…。

 「それはすごく嬉しいですし、自分もファンとして聴いた時にそういった印象を受けました。作っている時は攻撃的なワードも少なくなかったし、そんなポジティブなことも言ってなかったと思うんですが、歌い方が明るいですよね。すごく底抜けに。そういった意味では根っこのストレスは消えているんでしょうね」

 ストレス解消の要因は何か―。BE:FIRSTで成果が出た安心感なのか、それとも好きな音楽を具現化できる仲間ができたことなのか。

 「ストレスを一言でいうのは難しいですが、その2つでいえば後者がほとんどです。結局、それまでの自分はラベリングとフィルタリングに削られる状態だったんです。例えばAAAのメンバーってラベルを貼った時、一番実態と異なることを感じているのは自分だし、アンダーグラウンドで叩き上げのラッパーの側面だけでフィルターリングされた時も、また自分の半身しか語られない。自分の志向、存在そのものが既存のラベルやフィルターにはまらない人間だったので、精神的な充足感が少ないし長続きもしない。そんな状態が続いちゃっていましたが、今は高校生の時に夢見ていた未来や自分の定義がイコールになっている。肩書としての社長、プロデューサー、アーティストの全部が合致したことが、心の安定になっていると思います」

SKY‐HI インタビュー ロングバージョン(2)に続く…26日公開

 ◆SKY―HI(スカイハイ)1986年12月12日生まれ、千葉県出身。36歳。2005年にAAAのメンバー・日高光啓としてCDデビュー。13年にソロ名義・SKY―HIとして「愛ブルーム/RULE」でメジャーデビューし、17年に日本武道館公演も果たす。20年に独立してBMSGを設立。同年、ボーイズグループ発掘オーディション「THE FIRST」を開催し、翌年にプロデューサーとしてBE:FIRSTをデビューさせる。血液型O。

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