プーチン大統領が崇拝 史上最も残虐な独裁者…舛添要一著「スターリンの正体」

スポーツ報知
舛添要一氏

 歴史上の人物で残虐性では群を抜くとされる旧ソ連の指導者ヨシフ・スターリン(1879年~1953年)。ロシアのプーチン大統領はスターリンを崇拝し、赤の広場では毎年のように生誕祭も行われている。国際政治学者の舛添要一氏(74)は「ヒトラーの正体」「ムッソリーニの正体」に続く独裁者シリーズ第3弾「スターリンの正体」(1078円、小学館新書)を執筆。「スターリンを知ることは、ロシア・ウクライナ情勢を読み解くヒントになる」と力説した。(久保 阿礼)

 「やはり、プーチン大統領はスターリンによく似ているな」。執筆中、スターリンに関するあらゆる資料を読み進めながら、舛添氏はこんな感想を抱いたという。

 「ちょうどスターリンの本を書き始めた時に、ウクライナ侵攻が始まりました。タイミングが良かったのか、悪かったのか分かりませんが、スターリンを細かく分析していくと、プーチン大統領との共通点がいくつも出てきます」

 昨年2月、ロシアがウクライナに侵攻。停戦や和平交渉は遅々として進まず、戦況は泥沼化している。国際世論から厳しい批判を浴びても意に介さない冷徹なプーチン大統領と、第2次大戦中、独裁政権を築いたスターリン。時代は異なるが、舛添氏はともに旧ソ連、ロシアに通底するマルクス主義を信奉し、自らに近い人間すら信用しない疑心に包まれていると見ている。

 「マルクス主義の本質は独裁です。2人とも大ロシア帝国の伝統を脈々と受け継いでいます」

 舛添氏が学生だった頃を思い返すと、敗戦国であるドイツのヒトラーとイタリアのムッソリーニはファシストで「極悪人」とされていた。だが、国内の言論界では、スターリンへの批判については、ちゅうちょする雰囲気すらあったという。

 「日本の論壇は左翼全盛でした。『スターリンは独裁者ではない。ヒトラー、ムッソリーニと同じように扱うのはけしからん。共産主義革命は理想であり、人類にとって素晴らしいことだ』と。ようやく50年もたって、堂々とスターリン批判を書けるようになりました」

 ドイツ、イタリアでは民主的な選挙を経て独裁者が誕生している。ヒトラー、ムッソリーニの演説力は群を抜いていた。

 「これまで欧米を中心に多くの政治家を研究してきましたが、ヒトラーのように演説のうまかった政治家はいません。ムッソリーニも大衆の心をつかむのが上手でした」

 一方、スターリンは強制労働や見せしめの処刑などあらゆる手段を使い、圧政を敷いた。

 「スターリンは演説は下手ですし、レーニンにゴマをすって気に入られて、力を得た後には弾圧を繰り返しました。人は権力を得ると、疑心暗鬼の塊で、近い友人すら信用できず、次々と殺害していく。過去の失敗を知っている人間を許せないという発想がどんどん肥大化していくのです」

 ヒトラーは先の大戦で600万人ものユダヤ人を虐殺したが、スターリンが虐殺したのは1000万とも2000万人とも言われる。周囲には400人近い警備を置き、あらゆる情報を手中に収め、特に政治的な動きには敏感で徹底的に封じた。プーチン大統領もウクライナ侵攻では、ロシア兵が逃亡しないよう監視をつけ、見つけた場合は射殺するという「非道な手段」を取った。周囲や部下を信用しない「孤独さ」は共通していると分析する。

 「スターリンは対立していたトロツキーを逃亡先のメキシコまで行って殺害させた。何か疑いがあれば、殺害する。最後まで仲間を信用しません」

 今回のウクライナ侵攻を受け、日本でも緊張が走ったことは記憶に新しい。日ソ中立条約が有効だったにもかかわらず、スターリンは1945年8月9日、満州、南樺太を攻め落とし、北方四島を占領する。最近の歴史資料では北海道全体を占領する計画があったことも判明している。

 「弱さを見せれば、一気に攻めてくる。それがロシアの本質です。戦争末期のどさくさに紛れ、スキを見せれば一気に、その土地を支配下に置く。スターリンを崇拝するプーチン大統領が同じような行動を取らないという保証はどこにもありません」

 独裁者はどのような最期を迎えたのだろうか。大戦中、戦況の悪化に伴いヒトラーは銃で自殺し、ムッソリーニは処刑されている。一方、スターリンは適切な治療を受けられぬまま病死したとされる。1953年3月1日、夜が明けてもスターリンは自室から出てこない。側近ですら勝手に執務室に入ることを許されず、発見は遅れた。翌日になってようやく中へ入ると、意識不明のままま床に倒れていた。ただ、すぐに医者を呼ぶことにもためらいが生まれた。意識を持ち直した場合、処刑されるとの懸念があったからといわれる。その不自然さは毒殺説などさまざまな憶測を呼んだ。

 「70歳を超え、認知症になりつつあった。あまりの恐怖政治で部屋を開けたら撃ち殺されるのでは、と思っていた。ヒトラーとムッソリーニは戦死だったと言えますが、スターリンは悲惨な死に方でした」

 戦後70年が過ぎた。新型コロナウイルスの世界的な流行なども影響し、国際情勢は流動化し、民主的な手続きが軽視される傾向が強まっているとみる。

 「国際的に独裁的な国が増えていているのはデータとして明らかになっています。米国では、下院の議長を決めるのにあれだけの時間がかかっている。民主主義は手続きに時間がかかるものですが、プーチン大統領、習近平国家主席のような独裁であれば、効率良いように見えます。ですが、実態はそうではありません。日本はロシア、中国への分析をもっと緻密(ちみつ)に行わないとならない。官僚、政治家含め、正確な情報を取れる体制を構築していく必要があると思います」

 オススメの一冊は、司馬遼太郎さんの「北方の原形 ロシアについて」(文春文庫)です。現在のウクライナ情勢を分析する上でとても重要な視点を示しています。名作「坂の上の雲」に続いて1989年に出版されたものですが、中身は少しも古くありません。

 国際政治学者としていつも欧州からの視点でロシアを見ていました。ロシアを見下したような論調が多かったのですが、司馬さんはモンゴルの専門家で東アジアから見たロシアを描きました。これまで抱いていたロシアとは別の姿が浮かび上がり、面白いものだと感心させられました。

 ロシアの本質が見えてきますし、司馬さんの面白さが凝縮された本です。若い方にはぜひ読んでほしいと思います。

 ◆ヨシフ・スターリン 誕生日は1878年12月18日または1879年12月21日と諸説ある。ジョージアのゴリ市出身。94年、ゴリの神学校卒。レーニンが率いる社会民主労働党の多数派・ボリシェビキに参加する。ロシア革命後、党内の中心メンバーとなり、1924年のレーニンの死後、権力の集中に成功。28年から第一次五か年計画などを実行。工業化推進の業績もあるが、死者1000万人超とも言われる大粛清など残酷な政治を行った。1953年3月5日、死去。同9日に国葬が行われた。

 ◆舛添 要一(ますぞえ・よういち)1948年11月29日、福岡県北九州市生まれ。74歳。東大法学部卒。国際政治学者として活躍。99年、都知事選で落選。2001年参院選で自民党から立候補し初当選。07~09年、厚生労働相。当選2回。13年12月、猪瀬都知事が選挙資金借り入れ問題で辞任、14年2月の都知事選で初当選。16年6月、辞任。

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