立大・上野裕一郎監督 アンカーで快走!長野が大会新で連覇…都道府県男子駅伝

スポーツ報知
トップでゴールする長野・上野裕一郎(カメラ・谷口 健二)

◆全国都道府県対抗男子駅伝(22日、広島市平和記念公園前発着=7区間48キロ)

 一般(社会人、大学生)が2区間、高校生3区間、中学生2区間の計7区間48キロで争われ、長野が2大会連続で最多の9度目の優勝を飾った。立大監督の上野裕一郎が最終7区(13キロ)を激走し、歓喜のゴールテープを切った。

 今年の箱根駅伝(2、3日)で立大を55年ぶりの出場に導いた37歳の「日本一速い監督」が型破りの大活躍を演じた。トップでタスキを受けた上野は全盛期と変わらないダイナミックなフォームで13キロを走り切り、首位をキープ。後続が迫る中、沿道からたくさんの声援を受け、先頭で平和記念公園前のゴールに飛び込んだ。

 37歳にして健在。青学大のエースで今年の箱根駅伝で2区2位だった愛知の近藤幸太郎(4年)、箱根駅伝を制した駒大で7区5位だった滋賀の安原太陽(3年)、箱根駅伝5位の順大で10区区間賞と活躍した静岡の西沢侑真(4年)、箱根駅伝8位の創価大で4区8位だった東京の嶋津雄大(4年)、箱根駅伝は故障から復活途上のため無念の欠場となった東洋大エースで福島の松山和希(3年)ら学生トップクラスのランナーや、旭化成で鹿児島の市田孝ら実業団ランナーと堂々と渡り合った。

 大会前日の21日、各チームが広島市内で最終調整。その中でも上野は抜群の存在感を示した。「僕は市民ランナーですから」と謙遜するが、183センチの長身で、腰高のフォームで走る上野は、ひときわ目立った。この日の練習の終盤に「軽く走った」という200メートルでは25秒8のスピードを見せつけた。存在感抜群の上野には、中国放送のラジオで解説を務めた青学大・原晋監督も注目していた。前日練習終了後、上野監督を直撃し、熱烈に取材した。原監督は「実業団、学生のトップクラスの選手がいる中でも上野監督が走る姿は際立っている。やはり、上野裕一郎はモノが違います」と絶賛した。

 2018年12月に立大監督に就任した上野は、選手と一緒に走るという独特のスタイルでチームを強化。昨年10月の第99回箱根駅伝予選会では6位通過し、大会史上最長となる55年ぶりの“返り咲き”で28回目の出場に導き、本戦(2、3日)では18位となった。現在も競技者としても日本トップレベルの走力を保持。「日本一速い監督」の異名を持つ。昨年11月に横浜市の日体大健志台陸上競技場で行われた日体大長距離競技会の男子5000メートルでは13分39秒95で全体5位、日本人トップになった。「走ることはやっぱり楽しい。学生を指導することで現役時代より心がアップデートされました」と充実した表情で話す。

 長野の高見沢勝監督は「上野選手は長年、長野を引っ張ってくれています。今回も選手、スタッフに元気を与えています。話題性ではなく、選手として期待していました」と、その存在を高く評価した。

 長野の優勝9回のうち6回もVメンバーに名を連ねた。さらにそのうち4回も優勝のゴールテープを切った。それは、もちろん大会最多だ。「ミスター都道府県駅伝」は「当分、抜かれることはないでしょう」と笑顔を交えて話した。

 都道府県対抗男子駅伝は、コロナ禍の影響で21年、22年は中止されたため、3年ぶりの開催。ニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝、1日)や箱根駅伝で活躍したスター選手に加え、日本の将来を担う高校生や中学生が出場。郷里の期待を背負って力走した。箱根路では指導者として立大を率いた上野監督は、その3週間後、安芸路ではランナーとして主役となった。

 ◆上野 裕一郎(うえの・ゆういちろう)1985年7月29日、長野・佐久市生まれ。37歳。佐久長聖高入学と同時に本格的に陸上を始め、その年の12月、全国高校駅伝2区(3キロ)で8分16秒の好記録で区間賞を獲得。3年時には1万メートル28分27秒39の日本高校記録(当時)をマーク。2004年、中大に入学。箱根駅伝は1年1区19位、2年3区3位、3年3区1位、4年3区2位。08年に卒業し、エスビー食品に入社。09年ベルリン世界陸上5000メートルに出場(予選敗退)。13年、エスビー食品の廃部に伴いDeNAに移籍。18年12月に立大監督に就任。現在も選手と一緒に練習することも多く、学生レベルでトップクラスの走力を保持。「日本一速い監督」の異名を持つ。181センチ、61キロ。

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