「地図と拳」でぶっちぎり直木賞受賞の小川哲さんを直撃…「頭が良過ぎて読者が…」への答えとは

スポーツ報知
「地図と拳」で第168回直木賞を受賞した小川哲さん

 ここ7年間、半年に1度の芥川、直木賞発表会見に足を運んできたが、これほどの圧勝劇は初めてだった。

 19日、東京・築地の料亭・新喜楽で行われた選考会の取材こそ長引く新型コロナ禍の中、今回も自粛となった第168回直木賞だったが、都内で行われた選考委員のリモート会見と受賞者が駆けつけての華やかな会見は無事、行われた。

 直木賞の“ド本命”だったのが「地図と拳」で20年の「嘘と正典」以来2度目の候補入りとなった小川哲さん(36)だった。

 日露戦争前夜から第二次世界大戦終結までの満州(現中国東北部)の架空の都市を舞台にした約60年にわたる地図(建築)と拳(戦争による殺戮)を描いた663ページの歴史巨編。参考文献も150冊に及ぶ超大作は昨年6月の刊行時から読書界を席巻。書評家・杉江松恋さん(54)が恒例の選考会直前予想で「もし『地図と拳』が受賞しなかったら直木賞は終了です」と断言するほど本命視されていた。

 私自身も今年に入って読了。「弁当箱」とも称される厚さ5センチの分厚さに圧倒されながらも、その抜群の面白さに大きな満足感とともに読了していた。

 そんな読後感は9人の選考委員も同様だったようで午後6時過ぎには記者席前方のホワイトボードに「しろがねの葉」で同時受賞の千早茜さん(43)とともに小川さんの名前が貼り出された。

 選考委員を代表してリモート会見に臨んだ宮部みゆきさん(62)は「最初の投票で『地図と拳』が飛び出して評価を得ました。こんなに飛び抜けた評価は(15年の)東山彰良さんの『流』以来かな。それに続く評価だった千早さん作品を加えての二次投票でも、ほぼ満票でした」と小川作品がダントツの評価を得たことを明かし、「小説の持っている魅力のすべてが内包されている満漢全席のような作品。非常に正しい歴史の描き方をしている。私は非常にリーダビリティーの高い冒険小説として読みました」と絶賛した。

 そして行われた受賞者会見。千早さん、芥川賞の井戸川射子さん(35)、佐藤厚志さん(40)と4人並んで檀上に立った小川さんはひときわ長身で大きく、目立って見えた。

 会見冒頭、関係者への感謝の言葉を口にした後、「正直、今の気持ちを言うと、さっさと終わってお酒を飲みたいと思います」と会場を沸かせると、「(受賞を聞いた直後に)母親にラインで『受賞』と2文字だけ送ったんですけど、未読でした。はるか後に『すごい!』と返ってきました」と笑顔で続けた。

 「大変、ありがたい受賞ですけど、静かにゆっくりお酒が飲みたいです」と繰り返した小川さんに聞きたいことがたくさんあったから用意されたスタンドマイクの前に立って、目の前に座った受賞作家に聞いた。

 「SF作品『ユートロニカのこちら側』でデビューして今回の歴史巨編。さらにクイズ王たちの闘いを描いた近刊「君のクイズ」とジャンルを横断して話題作を生み出し続けているが、今後の作家活動の中心軸となる分野は?」―

 この質問にこちらをじっと見た小川さんは「僕はあまり分野というのは考えてなくて。単に自分が読みたいもの、面白いと思う本を作り続けていきたいというだけ。着想がジャンルから着想することがないので、分野を気にせず、面白いと思うものを続けていけたらなと思います」ときっぱり。

 さらに「ジャンルと言うことで言えば、選考委員の宮部さんは『最高の冒険小説』という評価をしていたが」と聞くと、小川さんは「とてもうれしいですね」と笑顔を満開に。

 「自分で歴史小説という意識はかろうじてあったんですけど、そう言われてみたら確かに冒険小説だと思って。この小説の持つ一つの可能性、魅力を端的に引き出して下さったのかなと思います」と続けた。

 そして、もう一つ、最も聞きたい質問があった。

 作家に学歴は関係ないが、小川さんは東大教養学部卒業後、作家専業になるため中退した東大大学院では「AIの父」と呼ばれる数学者・アラン・チューリングの哲学を研究。「地図と拳」での参考文献150冊を読破し、咀嚼(そしゃく)した上での壮大な物語の構築。他作品でのSF的発想を生み出す作家脳と、私はその頭脳の冴えに一読者として驚異まで覚えた。

 13年に「何者」で直木賞に輝いた朝井リョウさん(33)も小川さんの「君のクイズ」を読み終えた感想として「作家という生き物には一つだけ絶対に書けないものがある。それは自分より頭がいいキャラクターである」(「週刊文春」1月19日号「私の読書日記」より)とつづっていた。

 同世代の人気作家さえ嘆息させる、その頭脳の冴えゆえ、いつか小川作品に読者が着いていけなくなることもあるのではないか―。大きなお世話かも知れないが、そんな危惧さえ覚えたので、そのまま聞いた。

 「『地図と拳』の中でも頭のいい小川さんでないと生み出せない登場人物が想像もできない驚きの行動を取っていた。その作家脳に読者が着いていけなくなる可能性は?」―。

 まず「そんな! 全然」と笑った小川さんは「頭の良さにはいろんなとらえ方があるし、僕はそういう考え方をしたことがないです。読者に対して着いてこれる、これないを作家の側が判断するのは大変、失礼だと思うので、自分が思うエンターテインメント、自分が思う文章、小説を信じるだけだと思います」と真摯に答えてくれた。

 その後も受賞作について「史実を使ってフィクションを書くことは、つまりは他人の人生でお金もうけをすること。その葛藤は常にあります。フィクションでしか到達できないもの、小説という形でしか伝えられないものに作品が届くことが、その葛藤に対する答えなのかなと。人の求めるものではなく、あくまで自分の書きたい、知りたいと思うことを書いていきたい」と話した小川さん。

 今回の受賞についても「評価されたことはうれしいけど、作家としては変わることなく目の前の原稿を書き続けたいです。小説を書くのは自分が今、分からないことを想像してみたいからなので」と淡々と答えた。

 最後に一言求められ、「朝が苦手なので、朝早いお仕事の依頼を既にいただいて、ありがたいんですけど、朝早い仕事はなるべくやめていただけると…」とニヤリ。

 抜群の作家脳の持ち主が「自分が今、分からないことを想像してみたい」という思いのもと紡ぎ出す作品が、どんな未知の世界に私たちを連れていってくれるのか。会場の爆笑を誘って退場していくその大柄な背中に、私は破格のスケールを持った全く新しい流行作家の誕生を感じていた。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆小川哲(おがわ・さとし)1986年12月25日、千葉県千葉市生まれ。36歳。東大教養学部卒。東大大学院総合文化研究科博士課程中退。15年「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。17年「ゲームの王国」で第31回山本周五郎賞受賞と第38回日本SF大賞を受賞。第39回吉川英治文学新人賞候補に。19年「噓と正典」で第162回直木賞候補に。22年「地図と拳」で第13回山田風太郎賞受賞。同年刊行の「君のクイズ」は4月発表の第20回本屋大賞のノミネート10作品に選ばれている。 

 ◆直木賞選考委員

 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき(伊集院氏、高村氏はリモート参加~)

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